変身 1
「なん、とか、前衛は、持ち、こたえ、そうですな」
彼の名はヨキと言ったか、不思議な節回しで話す。それとも、この世界で長く暮らしているとこのようなしゃべり方になるのだろうか。でも、なに言ってるのか聞き取りづらいから、やめて欲しいのよね。
目が覚めると、隣に立っていたのが彼。
長い眠りだった。どれぐらい長かったのかは分からない。なにしろ、二つの世界を股に掛けて寝ていたんだもの。時計を見ても「何時間です」とは言えないわ。こちらの世界とあちらの世界では時間の流れも感覚も違うみたいだし。
彼が何者なのかは未だによく分からない、でも彼は私自身についていろいろと知っているみたいで、私のことを教えてくれた。
どうも、私は記憶を失ってしまったようで、自分が誰なのかも分からない、という始末。
まあ、とにかく、彼が言うには、私は異世界から来た者らしい。でも異世界もなにも、この世界のことすらよく知らない。ふ~ん、と聞いておいたわ。
異世界では、私は王女だったそう。
そこらへんは、漠然とした記憶がある。緑豊かな広い庭と豪華な装飾で飾られたお城の中で暮らしていたみたいね。でもその程度。
記憶なんてなくても、私自身からにじみ出る気品で、「やんごとない血筋の方だ」なんてことはすぐに分かるんだけどね。
ん、今、「何言ってんだこのチビ王女」、って顔したわね。
すぐに分かるんだから、顔の皺で表情をごまかせるだろう、なんて思わないでよ。
この生意気な執事は、レイシェル。もう、かなりの歳で、私が幼い頃から世話をしてくれていたみたいね。覚えてないけど。
私がいた世界では、大きな戦争があったそうなの。
世界の仕組みを変えちゃう程の兵器が使われて、半分ぐらいが消し飛んじゃったって。残った半分ももうすぐ無くなっちゃうんだって。
だから、私やヨキはこの世界に逃げて来たらしいの。
今住んでいるのは、大きな樹の中。樹がお家って言うと、メルヘンチックに感じるけど、そんなにいいもんでもないわね。
樹の臭いがきついし、なんだか変な虫は一杯住んでるし、早くお城に引っ越したいわ。
その為には、まず、私達の仮のお城であるこの、『樹』を攻撃している『人間』をやっつけなくちゃいけないわ。
なにしろ、『人間』は、なんの罪もない私達を殺しに来るためだけにここに攻めて来てるんですもの。とうてい許せないわね。すでにたくさんの国民が彼等に殺されてるもの。
テーブルに置かれた四角い箱。中には大勢の国民、と『人間』達が映し出されている。お互いに殺し合っている。これが戦争なのだという。
死ぬ、とはどういうことなんだろう。ヨキもレイシェル爺も詳しくは教えてくれない。ただ、この世からいなくなることだという。
いなくなったらどうなるの?
レイシェルったらモゴモゴと言葉をにごしてる。きっと、急にボケが始まったのね。可愛そうに……、って、そんな悲しそうな眼で私を見ないでよ。
なんだ、二人ともよく知らないみたい。
教えてくれないんなら、自分で考えるしかないわね。
この世界からいなくなる。って事が死ぬことだとすると、別の世界に行っちゃうってこと?
もし、そうなら、私は、前にいた世界では死んじゃったことになってるんじゃない。
え~、なんだかよく分からないけど、なんかヤだ。
むむむむぅ、何笑ってるのよ、レイシェルのバカ、嫌い。
……って、冗談だから泣かないで。
死んじゃったことになってるのは嫌だけど、今こうして元気なんだし、まあ、いいわ。記憶は無くしちゃったけどね。
ヨキはマイペースに四角い箱に見入っている。
時折、「よく、やったぞ、Aチーム、そのまま、行け、特攻だ」、なんて箱に向かって指を立てて喜んでみたり、「くそ、やられた。M地点、早く守りに、駆け、つけろ」などと身振りで行けという動きをして嘆いたり忙しそう。見ていておもしろい。
ヨキの作戦はうまくいったみたい。闘いが始まる前は、今の戦力では勝てる見込みは、三割くらい、なんて言ってたけど。もう、ほとんど負ける心配はないみたい。
よくは分からないけれど、よかったわ。
私は、一応、王女なので、戦場に行く国民の皆さんに、壇上で挨拶したの。偉いわね。
え、なに、レイシェル?
緊張してスカートの裾を踏んじゃったのは内緒だって言ったじゃない。もう、このハゲ。泣いたって知らないんだから。
それにしても、兵士の皆さんは、皆個性的な格好をしてらっしゃったわ。
全身洗濯ばさみでできてたり、身体が自転車の車輪だったり、見上げるほど大きな方もいらっしゃれば、子犬のように小さな方もいらしたわ。
ヨキやレイシェルは私と似たような格好なのに、どうして彼等はあんなにバラエティに富んでいるの?
そういえば、箱の中で兵士の皆さんと戦っている『人間』は私達と同じ姿をしている。でも、敵なのよね? 世の中って難しいのね。
え、夕ご飯の用意?
そう、今晩はご馳走なのね。
レイシェルはお給仕係のみなさんのところへ行っちゃったわ。祝勝会の準備なんだって。
ヨキは相変わらず、箱に夢中。私は暇だわね。
ちょっと出かけてくるわ。夕ご飯までには必ず戻るわよ。なんたって、ご馳走なんだもの。




