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天候は晴天に恵まれて、適地侵攻にはもってこいの日和。
『根海』周辺では、日本最大の祭り騒ぎが開催されている。
ここに集った軍関係者だけでも、二万人以上、戦車、輸送車両、砲撃車など軍用車両は長蛇に連なり、至る空き地には、駐屯用のテントが張られている。
当然、こんな大戦以来かつてない軍事行動を極秘裏に行える訳もなく、軍駐屯地を囲むように、報道車や野次馬が繰り出した一般車両が取り巻いている。
本当に何かの祭りと勘違いした輩もいる。露店は無数に売り場を求め、訳も分からず日本、いや、世界各地から集まった人々で、オリンピックさながらの大にぎわいとなっている。
軍本部も開き直ったのか、今朝には、「精一杯頑張ります」という内容の声明を出している。もしかしたら、祭りによる経済効果でも狙ったのかもしれない。
世の中というのは、お気楽な人間が多いものだ、ここにいる何万、何十万もの野次馬は、この『樹』のせいでどれだけの人間が亡くなったのか忘れているのだろうか。それとも、ただ、想像したことがないのか、いずれにしても危機感もなければ緊張感もない。スポーツ観戦のような感覚でここにいるのだ。
これから、恐らく、大勢の人の命が失われるというのに。
リコはそんな事を想いながらも、自分がその、失われる命になるかもしれないなどとは一片も思っていなかった。死地に向かう当事者であるのに。
彼女もまた、お気楽なのだ。
最後の軍編成を待っている時間。
作戦開始までは、まだいくらか余裕がある。
周りを見渡せば、他国籍。外国の部隊も多数参加する。とはいえ、単純に彼等が等しく味方だなどとは思えない。
あの『樹』には、世界の秘密が隠されている。
そう、本気で思っている人間は多い。
あそこに先に辿り着いた者が、それを握れるのだ、そう考える各国代表もいるだろう。
我が国もそう捕らえている。と、なれば、これは、もはや、戦争であり、レースである。
単純で分かりやすい。
たくさんの部隊、各国の代表が、怪物や樹の根、という障害を乗り越えゴールを目指す。
見に来る野次馬もスポーツ観戦気分なら、実際に闘う人間もスポーツ感覚だ。
戦場に赴くとは思えないほど、リラックスして談笑する軍人の顔が見受けられる。
一般人はもとより、ここに集まったほとんどの軍人はあの、『樹』について何も知らない。いや、それは、語弊がある。データや資料としては知っているだろう、だが、実際に足を踏み入れた事のあるものは少ない。
生の体験がない。彼等は、怪物共と『根海』を舐めているのだ。
「果たして、この中でどんだけの人間が生きて帰ってこれるんやろうな」
溜息混じりの声を背後に受けて振り返ると、ミヤケがいた。それは、リコの心情とも一致していた。
「教官、通達ですか?」
隊の中では比較的良い子、な、リコは一応、敬礼をし、上官の言葉を待った。
「今回は、休んでもいいんだぞ、シャルリエ君とケンジは我々が責任を持って捜索に当たる」
シャルリエ、ケンジは未だ行方不明だった。
シャルリエは三日前の未明に、ケンジは一昨日の晩八時以降にその姿を見かけた者はいない。
そのことで精神的に参っているだろう、と気遣っているのだ。
「いいえ、そんなことで僕は逃げ出したりはしません」
落ち込んでいるのは事実だったが、それで任務を投げ出すような事はしたくなかった。いや、それは建前で、本当は二人を自分達の手で捜し出したかったのだ。
生まれてから、一つ屋根の下で暮らしてきた家族である。当然の考えだ。
「そうですよっ、教官、二人は、ぜっっっったいに、マールたちが見つけるんだからっ。ゆ~ずらないよ~」
「マールちゃんの言うとおり。ミヤケは余計なお世話だぞ。見損なうな。猫はオラの心を死なす、てやつだ」
いつの間にいたのか、それまで、このお祭り騒ぎに一番乗っかってはしゃぎ回っていた二人がそこにいた。
「猫は虎の心を知らず。だね。猫には虎のような気高い生き物の考えは分からないという意味。教官に対してはこの上なく失礼だね。ゴウ」
元のままならば、意味不明な言葉で済んだものを、わざわざ解説してやるあたりが、リコである。ゴウはミヤケに蹴っ飛ばされている。
「俺も忙しいんや、そろそろ、通達を伝えるぞ、リコ、マール、ゴウ三名は、レイジ隊への編入となった。以降は彼の指揮下に入るように。以上や」
そう、いうと、彼は忙しそうにどこかへ行ってしまった。
「レイジって誰?」
マールの疑問に後ろでズッコこける人影があった。当のレイジである。名乗り出るタイミングを計っていたのだろう。
「あの、リアクションが古い人は誰?」
「さあ、知らんぞ」
「なんで、君たち低脳ブラザーズは、そろいも揃ってクラスで主席のこの高名な僕の名前を覚えないんだ。実際?」
呆れて膝を突くキザ夫。御髪がかなり乱れている。
「あの人がレイジ。覚えてないかもしれないけど、同じクラス」
二人に、リコが説明してやるがまだピンとこないようだ。
「まあいい、リコ君以外は不本意だが、これから僕の指揮下に入ってもらうよ、実際。いいな、くれぐれも勝手な行動は慎んでくれたまえよ……、って、聞いてるのかいっ?」
「……でね、これが、すっごく美味しかったんだよ~、リコちんも来ればよかったのに~」
「うん、あれは絶品だったぞ、さすがは有名な『権左右衛門』の屋台だ」
マール、ゴウは、彼のご高説を余所に、外縁部まで抜け出して食べ歩いた屋台のたこ焼きの味についての話をしていた。
「聞いたよ、ケンジの奴、ケツ捲って逃げ出したんだってね、実際」
「お前んとこは二人も逃げたのか。腰抜けだな」
レイジの言葉にゴウが割り込んだ。挑発的な態度で上から見下ろしている。
「レイジとはなんだ、レイジとは。臨時とは言え、僕は今上官だぞ、実際。それに、僕の隊員は逃げたんじゃない、体調が……」
「関係あるか。ケンジは逃げてない。逃げる訳ない」
「そうだ、そうだよ~、いいこと言うじゃんゴウ君っ」
ゴウはレイジの胸ぐらを掴み、脅すように言葉を投げつける。
「きっさま、なんだその態度は、この場で斬ってやろうか、実際」
対するキザ夫も得物に手をかけ、今にも喧嘩になりそうな、一触即発な空気が漂う。
周りには、なんだなんだ、と、物見高い連中が集まりだした。祭りに喧嘩は付きものだ、などと、無責任に囃し立てる。
ピリピリと睨み合う二人の間に進み出たリコは、やれやれ、という、身振りをすると言った。
「レイジ隊長。そちらの隊もそうであるように人にはそれぞれ事情があるもの、それを軽はずみに、逃げたなどと口にするのはいかがなものかと思います。それに、今後の作戦行動に支障を来すような発言はお互いに慎むべきかと」
論理的に言いくるめられ、熱くなった二人は、冷や水を浴びたように、渋々とお互いに矛を収める。
リコは、先が思いやられるな、と、内心溜息をついていた。




