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眠れない。
妙に身体が覚醒していて、熱を持っているのだ。
かといって、体調が悪いのか、というとそんなことはなく、むしろ、力に満ち溢れているように感じる。一種の興奮状態だった。
何も考えないようにしてしばらく眠気が全身を支配するのを待ってみる。
眠れない夜、というのは、どこか、無意識に興奮していて、モヤモヤと考え事をしてしまうものだ。
あの、『根海』の最深部、『樹』の幹内で見た光景。
真っ暗な部屋に耐え難いほどの異臭が漂っていた。それに顔をしかめながら見た、人々の亡骸の山。もしかしたら、あの中にシャルリエが混ざっていたのかもしれない。
そう、信じたくはないが、あの時の恐怖は今でも鮮明に頭の隅に居座り続け、俺の心を責め苛んでいる。
シャルリエは帰らない。
彼女を捜しに、再びあの『根海』に向かいたいのだが、身体は言うことを聞かず、ただただ、横になっていることしかできない。
ゴウとマールは、身動きできなくなった俺を担いで、怪物の溢れかえった『根海』を無事、抜け出した。
幸運、というよりも、奇跡に近い。
奴等は、常に数体一組のグループを作って行動してるようだった。それは、彼等に知恵があることを表している。
少なくとも、動物以上の知能があり、組織を作って生活している。
なぜか、昨日はいつものように怪物共に統制が取れていなかった。そのせいもあってか、俺達は無事に戻ってきている。
ともあれ、昼過ぎに研究所にたどり着いた俺達は、博士にこっぴどく説教を受けることになる。
窓外には、色鉛筆で赤く塗り上げたような街並み。もう、夕刻になるが、俺はそれまで少しも動けないでいた。
気持ちは焦る。
明後日には、大規模な『樹』への侵攻作戦が開始される。
シャルリエを捜しに行くにも、あの、取り残された人々を救い出しに行くにも絶好の機会なのだ。それまでに体調を万全に整え、参加したい。
別人の物を借りてでもいるかのように、手足にほとんど感覚はなく、起きあがることもままならない。
半日かかって、指や首を少し動かすことくらいはできるようになった。
このままでは、明日戦場に赴く事などとても覚束ないだろう。
寝て、起きたら、どうにか良いようになってるんじゃないか。根が楽観的な俺はそう想い、眠りに就くことに腐心しているのだ。
「ま~っだ、寝てるよ~、ケンジ君ったら~。いつまでもぉ寝坊さんなんだから」
そんな、ケンジの願望は簡単に打ち崩されたようだ。寝るときに隣にいて欲しくない人物ナンバー1であるマールが、不作法にもノックもせず部屋に上がり込んできた。後ろにはゴウとリコも続いている。
「そんなに寝てばかりじゃあイカンぞ、ケンジ。一日も欠かさず肉体の鍛錬に励む。そうしないと、俺のように立派な軍人にははなれないぞ」
「ゴウ、少なくとも僕は、君みたいになるのは御免だよ」
リコの身も蓋もないツッコミだった。
女性陣は手に盆を持っている。それには今晩の食事が載せられていた。彼女達は、なぜかウエイトレスのような胸の強調された派手な着色の服、ヒラヒラのミ二スカートに身を包んでいる。おまけに頭にはヘッドレスト。
ショートカットメガネのウエイトレス、リコは自らの格好が気にくわないのか、気恥ずかしそうにしかめた顔を赤くしている。
空いている方の手で短かすぎるスカートの裾を必死に押さえている。どうも、マールにやらされているようだ。
「お待たせしました~。ぉ夕飯をお持ちしました~」
そんなことはお構いなしに、マールはノリノリでウエイトレスを演じている。
その心はなんだろう。彼女に深い考えなどおそらく無い。ただ、着てみたかった、それだけのことだろう。
どこにあったのか、移動式の簡易テーブルをゴウがボーイよろしく病人の前に用意すると、そこに料理は並べられた。リコの盆からはオムライスの皿が、マールの盆からは何か黒いモノが置かれる。
各々が調理したのであろう。リコは普段から料理をするので、問題なく食料だったが、もう一方はやってはいけない人の料理だった。
「履き古した靴なんかテーブルに上げるんじゃねえよ」
と、俺が話せたらそう言っていただろう。そんな感じの物体だった。
「ケンジ君、どっお~、おいしそうでしょ~。初めてお料理作ったんだからね~」
まさか、それを俺に喰わせる気なのか。冗談だろ。内心冷や汗が止まらなかったが、残念ながら抗議の声を上げることも叶わない。
「くそ~、羨ましすぎるぞ、ケンジ、この俺を差し置いてマールちゃんの手料理を食べられるなんて。俺も眠り病になれば良かったぞ」
本気でこのボロボロの草履みたいなのを食べたいようだ。ゴウは悲しみでちょっと涙ぐんでいる。
「マール、これ、そろそろ着替えたいんだけど」
リコはしきりに露わになった足を気にしている。彼女がスカートを履く姿はあまり見ることができない。
「なんで~、かっわいいよ~。すっごく似合ってるよ。妬ましいですのよ~。ゴウ君もそう思うでしょ?」
そう、振られたゴウは、迷わず、
「マールちゃんの方が似合うよ」
というも、
「も~ホントに似合うよ~、ケンジ君にも見てもらいな~」
彼女にはすでに聞かれていない。
マールは眼を閉じていた俺のまぶたを無理矢理こじ開け、逃げようとするリコを強引に押しやる。眼ぐらい自分で開けれるわ。
勢い余った眼鏡っ娘ウエイトレスは、躓いて横になっている患者の上にのしかかってしまう。顔が近い。豊満とは言い難いが、胸元も際どい感じで密着してしまっている。
「あ、いや。えっ?」
いつもの男性のようなしゃべり方ではなく、素の女の子になってしまっている。
あまりの恥ずかしさに気が動転。もうすぐ墨でも吐き出すのではないかというほどに真っ赤な顔になって、下敷きにした俺の顔を何度も平手打ちにした。
なんで俺が。
「どうだいっ、ケンジ君。すっごく可愛いだろぅ?」
彼女の心境の変化には全く無頓着であるかのようにマール。うーん、確かにすっごく雰囲気が変わった。男の子のような格好をしているのが、いきなりこうなるとドキドキしてしまう。これがギャップ萌えという奴か。
「もういいだろ。ぼ、僕はもう行くよ」
部屋から出て行こうとする少女の襟をマールが素早くひっ掴んだ。
「ほら、患者さん、自分でご飯も食べられないみたいだよ。マールッちとリコちんで食べさせてあげなきゃ」
手を引いてベッドの脇に腰掛けさせる。俺は起きあがることもできないので、ゴウが座らせてくれる。
「はい、どうぞ。リコちんから食べさせてあげておくれ~」
テーブルのスプーンを嫌がる彼女に手渡す。
「な、なんで僕が……」
「は、や、くぅ。は、や、くぅ」
手拍子とリズムで彼女を急かし、促す。
自身の作ったオムライスをすくい、俺の口に運んでいく。その手は緊張しているのか震えていた。
「た、食べさせた」
リコは羞恥で心が満たされ、俯てしまった。その態度は少し大袈裟な気もするが、よっぽど不本意な行為なのだろう。
「お~、ぱちぱちぱち。じゃあ、今度はマールッちの番だね」
「ちょ、ちょぉっと待った~。マールちゃ~ん、俺にもしておくれよ~、と、いうより、俺だけにしてくれよ」
ゴウの水入りである。彼は彼女の事が好きなのだ。目の前で別の男に、『はい、あ~ん』、などとやられた日には、嫉妬で相手を引き裂いてしまいかねない。
「ダメ~、だってゴウ君は患者さんじゃないも~ん。看護は必要ありませ~ん」
いつのまにか、ウエイトレスごっこから、看護士ごっこになっているようだ。それにしても、なんと幼稚な会話が続くのだろう。
ともかく、ゴウは男泣きに泣いて部屋を出て行ってしまった。ナースごっこは継続されることになった。
「はい。じゃ、ケンジ君、あ~ん」
適当にフォークを使い、刺した例の草履を俺の口に運び込む。いや、嫌がる俺の口元をこじ開けて強引にねじ込む。巧みなフォーク捌きだった。
「~~~~~~~~~~~~~~」
口の中を強烈な生臭さが襲う。舌に乗せられた瞬間に激痛が走った。
無抵抗な自分に対する不甲斐なさと、何を使って作り上げられたらこうなるのだろう、という疑問しか湧いてこない。
「はっ、涙。感動してるんだね、美少女二人の手厚い看護に感動を覚えたんだね」
自然と溢れ出る涙を拭うこともできない事に悔しさを覚えた。
あれを完食したら、いっそ死ねるだろうか、などと考えていた。




