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リコは任務から戻ると、ケンジ達が帰宅していない事を知らされた。
それのみではなく、軍務、この場合は、学校の授業のようなもの、も休んでいるという。
さらに、研究所に帰宅すると、
「ああもう、シャルリエよ~、どこに行ってしまったんじゃい~」
シャルリエも学校をずる休み。朝からいなくなってそれっきりだという。
昨晩、シャルリエがケンジになにやら命令していたようだったのを思い出す。
偵察任務に選ばれなかった憂さ晴らしに、どこかへ遊びに出かけたのだろうか。
博士と二人で夕食を摂った。食事中に、彼の携帯電話の着信音が鳴る。シャルリエからのメールだった。
『今日はある事情で帰れないかもしれないけど、安心して、何も心配いらないわ。本当よ。だから、絶対に当局に通報なんかしちゃダメよ』
すっごく不安になる内容だった。
恐ろしいほどに、受け取る側の気持ちを考えていない。いや、これで考えているのだから、なお怖い。
リコは四年前にこの研究所に生まれた。
生まれた、といっても、四年前に死んだ者の身体に意識を定着して、人格を与えられたということだ。
それは人間の赤ん坊のような誕生ではない。ある程度の知識と、身体能力やコミュニケーション能力はすでにあった。
そのころから、彼女の主人としてシャルリエがいた。当時、十歳だったが、そのころから彼女は他人とのコミュニケーションが下手だった。
簡単にいうと、極度の天の邪鬼。自分の気持ちに素直になれないのだ。それは、まるで制約にでもかけられているような徹底振りだった。
ある時は、みんなで半日かけて作った砂山を、完成間近になっていきなり現れてドロップキックをかました。
またある時はクリスマスのプレゼント交換の中身に羽化したてのカマキリの卵を入れて、メチャメチャにした。
幼少のみぎりにはこの程度のかわいい悪戯だったが、思春期になると、あからさまに他者と壁を作るように振る舞った。
自分も人のことはあまり言えないか、と、自嘲するリコ。
彼女もあまり、人と接する事は得意ではない。生まれた時から、小説や詩、辞書など、活字に触れている事の方が好きだった。そのくせ、自尊心は大きくて、人に認められたい、と思う気持ちは強かった。
そんな自分を、ケンジ達はどう思っているのだろうか。
そう思うと、昼間のレイジの言葉が頭に響く。
「僕たちの研究所に来ないか?」
自分を必要としてくれているのだ。そんなことは初めてかもしれない、と思った。
「どうした。箸が進んでないぞい。まずかったか?」
考えに没頭しすぎたようだ。博士に指摘された。自分の中でいろいろなものが消化不良になっていた。シャルリエについて考えていたのに、いつの間にか自分の事になっていた。
「そうか、のけ者にされたんで悲しいのか?」
考えていた事とは違うが、それは当たりだった。とても口には出せないが、図らずも彼等と別行動になってしまったことに寂しい気持ちはある。そのせいでこんな考え事をしてしまっているのだ。
「そ、そんなことは、あ、ありません。僕は一人が好きなんですよ。今のは、ただ…………そう、ただ単にゲップを我慢していただけ」
何を言っているのだろう。言ってしまってから、咄嗟に出た嘘のバカバカしさに顔を赤くする。
「ずいぶん長いこと我慢してたんじゃいな。大丈夫か。消化器官に異常でもあるのか。久々に検査するか?」
とっさについた嘘だったのに、優しい言葉をかけられてしまった。
博士がこういった優しさを見せることは度々あった。
軍務などで失敗すると、きつく怒られる。大抵失敗するので、毎回のようにしかられる。そのくせ、今回のように、重要な任務で大役を任されてもそれほど喜んでくれることはない。
だが、ふとした瞬間に彼は実の親のような優しさを見せる。
その心はよくわからない。
わからない、といえば、不思議なのは、博士が、リコを最後に、一体もドナーズを生み出していない、ということだ。
ドナーズ、という言葉を作った彼、史上初めてアンドロイドを生み出した彼の作品ならば、あらゆる機関や金持ちは高値で買いたいと思うはずだ。実際、交渉に訪れる者はこれまで何人もいた。だが、そのたびになんやかやと理由を付けてその依頼をことごとく拒んでいた。淀の水研究所が貧乏たる由縁だった。
「お前達が気にすることではないわっ」
理由を尋ねると不機嫌にお茶を濁すのだ。
食事の片付けはいつもリコの仕事だった。シャルリエは気が向いた時にしかやらないし、他の者は当然のように毎回食器をダメにする。食事の片づけに限ったことではなく、大抵の家事は博士かリコがやっていた。
皿を洗いながら、また昼間の事を思い返す。
レイジの熱っぽい眼。どうしてあれほど真剣にリコを招こうとしたのだろう。彼等の隊には、リコと同じく、分析、解析に優れたドナーズがいる。
それに、我が淀の水研究所とは違い、所属する部隊も多数ある。人材に困っている、と言うことはないだろう。
普通に考えると、あとは感情の問題になる。すなわち、彼等の研究所の誰かが、リコを気に入って、引き入れたいと思っている、と考えられる。
それは、おそらく、レイジなのだろう、リコはそっち方面には疎い方だという自覚はあるが、あれほどあからさまなアピールをされれば嫌でも分かる。
単純に、誰かが自分に気がある。ということに気恥ずかしさを覚えた。
知らずと、赤面している。
そんなことを考えていると、手を滑らせて、皿を一枚、床に落として割ってしまった。
「…………これじゃあ、ケンジ達のこと言えないな」
溜息を一つ。
その晩、彼等は帰らなかった。




