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 しばらく暗い通路を行くと空間があった。


 微かだった臭いはすでに、強烈に鼻を刺激するようになっていた。かなりの悪臭で、手で鼻を覆わないと進めないほどだった。ここに臭いの元があるのは明白だった。


 広さはよくわからないが、ヨキの寝室よりはずっと広さがあるように思えた。


 ここまでは光源が全くなかったが、部屋の中央らしい場所にぼんやりと光るものがある。


 それでなんとか、部屋の様子が見て取れる。


「なんだ、この薄気味悪い場所は、あと、落書きくらい消しておけよな」


 ただ、異様なのは、地面に描かれた魔法陣のようなものだ。赤い線で描かれたそれはほぼ、床一面を覆っていた。とてもただの落書きには見えない。

 その中心地とおぼしき場所に、大人の背丈ほどの小さな山があり、それが燃えている。


 ほんの小さな青白い光。青い炎だった。


 近くに行くと、小山の正体が判った。


 人。


 人の死骸が山と積まれ、燃やされた跡だった。


 炭化したそれは、そこかしこで、まだ燻り、ほの青い灯火となっていた。


 大人の男性の物だろうか、大きめのものから、小さな子供かと思われるものまである。

 大きさこそわかるものの、そのほとんどは原型がない。


 軍人である俺は、これまでに何度か人の死体を目の当たりにしたことがある。それでも、あまりの悲惨さに、胸が悪くなった。吐き気もしてきた。


「あんの、変人野郎、ここで何してやがったんだ」


 意識こそ失わなかったが、ここから一刻も早く逃げ出したい気持ちで一杯になった。その胸には、ヨキという男に対する怒りが溢れんばかりに渦巻いていた。


 精一杯自分を励まして、その屍の山に手を伸ばす。


 俺には、確かめなくてはならない事があった。


 それは、この屍の中から、シャルリエを捜すことだった。


 もちろん、この中にいるとは限らない。だが、確認する義務が俺にはあった。


 それは、絶望的な作業だった。


 黒ずんだそれらは、すでに個々の判別が出来るような形をしていなかった。焼けこげたそれらは、触るそばからボロボロと脆くも崩れ去る。


 その中に彼女がいるかもしれないと考えるだけで、不安は極みに達し、気が狂いそうになる。


 まさに、最高級の拷問だ。


 歯を食いしばり、震える手で作業に取りかかる刹那、眼の前に巨大な光の柱が降ってきた。


 ちょうど山を覆うようにして落ちてきたそれは、すぐに消え去った。

 大きな衝撃波が広がり、いっきに入り口付近まで身体は吹き飛ばされてしまった。


 ゴロンゴロンと転がって部屋の隅で頭をぶつけた。


「なんだろ、今の大きな音、行ってみよっ、ゴウ君」


 ドタドタと足音が、うつ伏せに寝ころんだ俺の耳に遠く聞こえる。


「ここかなぁ…………、ん?生意気な鍵さんめ。このマールッちの行く手を阻めるとでも思っておるのか、がはははは。ゴウ君、出番だよっ」


「おいさぁ」


 ばーん、と、鉄扉が弾けた音がする。暗いうえに、気持ちに余裕が無かったため、気が付かなかったが、俺が入ってきた以外にも入り口があったようだ。


「うわっ、くさ~い」


「確かに臭いな、だが、嫌いじゃない」


 そこから騒がしく現れたのは、もちろん、マールとゴウのコンビだった。俺が倒れているのを見ると、駆け寄ってくる。


「どうしたの、ケンジ君、誰にやられたっ?仇は必ずこのマールッちがとるよ。だから……、だから迷わず安らかに眠っておくれ」


 ベタなボケにツッコムのも癪だが、まだ死んでない。


「くそっ、ケンジ。お前にこの言葉を贈ろう。俺の屍を越えろ」


 言ってておかしいと思わないのか。お前が屍になってどうする。


「ちがうよ、ゴウ君、それを言うなら、死して屍拾う者なし、だよ」


 それもおかしいよね。死んだ人に贈る言葉じゃないよね。その人、死んでから言われてもどうしようもないし。


 立ち上がっておかしな会話を止めさせようとするが、なぜか、身体が動かない。確かに、強烈な打撃を受けたが、動けなくなるほどのものではなかったはずだ。


「ほんとに起きないね。も、もしかして、ほんとうに、しんじゃった……?」


 やばい、死んだと思われたら、まさかとは思うが、さっきの言葉通り屍拾ってくれない気じゃないだろうな。しかし、戦場では当たり前の事だ。足手纏いになれば、捨て置くしかない。他の者まで危険にさらすことになるのだ。


「し、しんじゃ、いやだよ、ケンジくん?」


 彼女の大きな猫目には、すでに涙が滲んでいる。今にも大粒のそれが滂沱と流れそうだ。

 気付け、ゴウ、お前でもいい。俺の生死を確認するんだ。訓練で習ったろ。

 俺は焦った。ゴウにすら縋りたい気持ちだった。こんな所に置いて行かれてはたまったものではない。それに、シャルリエの行方も分からないままだ。


「待て、マールちゃん、まだ死んだとは決まってない。そうだ、脈を確認するぞ」


 そうだ、よくやったゴウ、お前にしては、上出来だ。


「そ、そうだね、グスン」


「たしか、ここだったな」


 ゴウは、俯せの俺をぞんざいに仰向けにして、手首をとる。

「む、ないぞ。脈。死んでるな」


 馬鹿言うな。もうちょっと下だ、下。もう一度やってみろ。


「ゴウ君、ちょっと違うよぉ」


 そう、言って彼女は俺の身体に跨ると、おもむろに首を絞めた。当然、苦しい。が、当の本人は指一本動かせないので、いっさいその殺害行為に抗うことができない。確かに首の動脈で脈を測る事はできるが、そんなに精一杯力を入れる必要はない。


 本当に死ぬかもしれない。俺は、シャルリエを助けることもできず、このアホな仲間に殺される運命なんだな、神様のバカ野郎。


 と、あきらめかけた時、救いの神、いや、怪物が現れた。

「マールちゃん、まずいぞ。奴等が出た。泣きっ面に勝ち、だな」


 蜂だな。泣きっ面の奴に勝ち誇ってやるなよ。かわいそうだろ。

 彼等が入って来た扉の方から、複数の足音が聞こえる。顔を向けることは出来ないので、音のみで感じる。少なくとも、十匹はいるだろう気配がする。


「うう、どうしよう?」


「ここは、逃げるが蜂だ、行こう」


 勝ちね、勝ち。逆さまに覚えたのかい?


「うん、ゴウ君、ケンジ君をお願い」


「おうさ」


 結局、生死の確認がされないまま、俺はゴウに担がれてこの場を後にする。死しても屍は拾ってくれるらしい。

 うっすらと眼を開くことができた。扉が開かれ、先ほどより少し明度を上げた室内を改めて眺める。


 あの、死の山があった辺りで、何かが揺らめくのが確認できた。その上空には、黒い水晶のようなものがあることに気が付いた。

 あの光の柱は、あれから放たれたのだろうか。山はきれいさっぱりと無くなっていた。


 思考はそこで途切れた。俺は意識を失ったのだ。

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