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 目が覚めると、見知らぬ部屋の天井があった。


 『樹』、内部の一室だ。


 部屋が用意されていたので昨晩はここに泊まった。夜中にあの『根海』に出て行く気には到底なれない。


 この部屋には窓がない。


 それは、ここが巨大な『樹』のどの辺りになるのか全く想像もつかなかったが、少なくとも、『樹』の表面からは離れた位置にあるからなのだろう。


「ケンジ君っ、ゴウ君っ、たいっへんだよ。早く起きろーっ」


 けたたましい人型目覚ましが部屋に怒鳴り込んできた。マールだ。


 俺の体内時計はかなり正確だ。今は早朝のはずだった。いつも寝坊気味の彼女がこんな早くに起きているなんて珍しい。今朝の珍事だな。


 部屋に飛び込むなり、眼を覚ましている俺を確認すると、まだ、高いびきで寝ているゴウを文字通りたたき起こした。


「そうなのっ、シャルリエがね、さっきおトイレに行ったらね、私、いなくて、どうしよう?」


 まるで要領を得ない。こちらこそどうしようだ。超マイペースな彼女がこれほど取り乱しているのもなかなか無いことだ。


 一旦落ち着かせて、再度事情を聞くと、こういう事だった。


「トイレに起きたら、シャルリエちんがいなくって、びっくりした。心配になったので、とりあえず、こっちに知らせにきた」


 ということだ。

 四人男女に分けた部屋をあてがわれた。昨晩、シャルリエを最後に見たのは、あのヨキの部屋で分かれた時だった。


「夜には、帰って来たのか?」


 そう、質問すると、彼女は困惑した表情で考え込んでしまった。


「どうなんだ、忘れたのか?」


 まだ、考えている、…………いや、寝ていた。彼女にしては朝が早かったからだろう。

 とりあえず、頭を叩く。


「いたいっ、ケンジ君しどいっ、もうお嫁に行けないっ」


「だいじょーぶだーっ。俺がもらいまくるぞっ」


 さっきまで、こちらもうつらうつらしていたのだが、格好のアピールタイムを見つけたとばかりに覚醒したようだ。うっとおしいので、思いっきり蹴り飛ばすと、壁に衝突してまた眠ったようだ。気絶した、とも言う。


「で、どうなんだ?」


「うん、眠たかったからよく覚えてないんだけど、確かに帰って来たよ。多分」


「多分?」


「うん、多分。……あれって、夢じゃなかったんだ。やっぱり」


 独り言のように呟く。


 夜、遅くに、部屋に戻ったシャルリエ。

 マールは、当然先に眠っていたが、猫のように眠りの浅い彼女は足音に気づいて起きたという。ここからは寝ぼけていたので、記憶は曖昧だった。


 シャルリエはすぐに布団に潜り込むと、彼女に語りかけてきたという。


「ねえマール、私ってどんな風に見える?」


 突然の問い掛けに、眠たさが相まって、答えを出すのにかなりの時間がかかった。


「う~んとね、怒るとおっかないけど、強くて、ほんとは優しいの…………。あ、あと、たま~におっちょこちょいで、失敗するよね。でも、ちゃ~んと後で、みんなが見てないとこでフォローしてるよね。マールはね、そんなシャルリエちんが大好きだよ。いつも文句言ってるけど、ケンジ君もゴウ君もリコちんも、みんな、シャルリエちんの事がだ~いッスキなんだから…………でも、急にどうしたんだい~?」


 裏表のない彼女は、自分の主人であろうと、率直にものを言う。隔意のない言葉だろう。


 真っ暗な部屋。布団にくるまった二人。相手の顔は確認できない。


「あ……、ありがと……」


 このとき、彼女の眼に涙が溢れていたとしても、わかりはしなかった。


 ごそごそと衣擦れの音、しばらくすると、ベッドにはシャルリエが入ってきていた。


 アンドロイドとして生まれて数年間、こんな事は一度もなかった。ここまででも、かなりショッキングな出来事だったが、彼女はさらに、マールにしがみつくように、身体を寄せてきたのだ。驚愕の事態だ。


 マールはもう、パニックで、何が何やらわからず、緊張して身動き一つできなかった。そして、こんなことはない、こんな摩訶不思議なことは起こりえないので、自分はやっぱり眠っていて、これは当然、夢だろう、と思った。


「ごめん、このまま寝かせて」


 言外に、お願い、と言っているような言葉の響きだった。


「うん、いいよっ」


 と返事をしてみたものの、心臓はなぜか破裂しそうなほどの鼓動を打っていた。


 ちなみに、シャルリエは普段は一人部屋で、マールが彼女と二人同じ布団で寝るのはこれが初めてだった。


 硬直も次第に解けて、再びうとうとし始めた頃に隣の小さな少女からまた、お呼びがかかった。


「まだ、起きてる?」


「ふにゃ……?」


「……ごめん、なんでもないわ」


 それが合図だったかのように、マールの意識は闇に落ち、眠りの世界に旅立った。


 昨晩は様子がおかしかった。そして、朝には姿を消してしまった。

 これがマールの拙い説明を要約した内容だった。


 夕べ、あの部屋を出る時に感じた嫌な予感は、早くも当たっていた事を証明した。


「ほんとはね、ここに来るまでにいろいろ探したんだよ。それでもどこにもいないんだよ~。ケンジくん~、どうしよ~」


 俺達は手分けして行方不明のお姫様を捜すことにした。


「マールはもう一度部屋に戻ってないか確かめてきてくれ。ゴウは広場、俺はあの、ここのリーダーのところにいってみる。無線は持ってるな」


 昨日、最後にシャルリエを見たあの部屋に向かう。入り口こそ無数にあったものの、樹の内部は意外に単純で入り組んではいなかった。


 間もなく、例の部屋の前に辿り着いた。あれから変わった点は特になかったが、ここへ来るまで、誰にも出会わなかったことが気にかかった。昨日は数えるのも面倒なほどの人がいたのに。


 扉をたたき壊さんばかりに殴りつけた。


 シャルリエの身に何が起きたのかはわからない。部屋から連れ去られたのか、自分の意志で出て行ったのか。マールの話からは、後者であるように感じられたが、なぜ、そうする必要があったのか。おそらくは、ヨキという変人になにか吹き込まれたのが原因だろう。


 もし、そうだとすれば、許せない。いろいろと事情を聞きださなければいけないところだったが、それ以前に、奴の顔を見るなり殴りつけてしまいそうだ。


 例のごとく、向こうからは無反応だったので、蹴り開けて中に入った。


「おい、シャルリエの奴はどこに行っ…………」


 そこは無人だった。床にちらかった書類や書物はそのままで、以前と何も変わらない。そこから読み取れる事実もなく、ただ、誰もいないことを確認させられただけだった。


 昨日は気が付かなかったが、右手の壁に扉が見える。狭い部屋の割に大勢の客を迎えたせいで、俺のいた位置からは死角になっていたようだ。


 迷わず、扉を開く。鍵は付いていなかった。

 寝室のようだ、狭い部屋には不釣り合いなほどの割と豪華なベッドが置かれている。隣の部屋と同じくこちらにも壁一面の書庫に一杯の書籍があった。


 ここにもシャルリエの行方に関する手がかりはないようだ。


 そう思い、引き返そうとした俺の鼻が何か異質な匂いを感じ取った。


 何かが焼ける臭い。


 微かな、常人には気が付く事は出来なかったであろう臭い。

 ドナーズは、体力のみではなく、視覚や嗅覚も人間のそれより鋭敏だ。

 できれば、おつむの方も賢くなればよかったのだが、残念ながらそれは敵わなかったようだ。


 ともかく、臭気の元が書庫の裏側だということに気が付いた。力任せにそれを手前に引き倒した。よく見ると、キャスターがついていたのだが、かわいそうな書庫は、無惨にもベッドのポールと、床との間でいびつに歪んでしまった。


 かくして、壁に穴を見つけた俺は、その奥へと歩みを進めるのだった。



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