返信 1
食事が終わると、案内の老人が待っていた。
広場の奥の通路を進むと、木製の扉がついた小部屋。
重厚そうなそれは、ここになにがしかの重要人物がいることを示すかのような威厳を漂わせていた。
老人が扉を軽くノックする。
返事がない。再び、普通にノック。
「入ってもよろしいですかのう」
うんともすんとも言わないので、老人は声をかけながら、強く扉を叩く。
さらに大声を張り上げる。
「呼ばれておったお客人をお連れしましたのじょ」
それでも、応答無し。
「さっさと開けんかーっ」
ついに切れた。ドアを蹴破って中に入ってしまった。
部屋は六畳間程の広さ。書棚には書籍がびっしりと詰まっており、それでも入りきらないものが、床に山積みにされている。質素な絨毯の上には、本の他に書類も散らかされてた。それには、何語だか、意味の分からない言語で書かれた文字が記されている。
奥の壁に机と椅子が置かれていた。椅子には一人の男が背中を向けて座っている。
「ヨキさん、お連れしましたぞ」
老人が、そう紹介するが、ピクリとも動かない。椅子に腰掛けたまま寝ているようだ。
「あれだけ、騒いだのに起きないなんて、どういう神経いしてんのかしら」
その、シャルリエの言葉を聞き咎めた老人が奮起した。
「ワシに恥をかかせるんじゃねぇぞ、小僧。シャキッと起きて能書き垂れやがれっ」
どうでもいいが、老人の変わりようが怖い。男の耳元でわめき散らし、髪の毛をグシャグシャにかき回す。意外と短気な人だったようだ。
「死んでるの~?」
あまりの無反応さに心配になってきた。
「このだらすがーっ」
やっぱりそれでも起きなかった。腹に据えかねた老人は、見事な回し蹴りで、椅子ごと、仮の指導者とやらを蹴り飛ばしてしまった。
派手に飛ばされて異様な格好で伸びていた仮の指導者は、やがてむくりと起きあがると、ブルブルと顔を振る。しきりにうなじを撫でている。どうも首をやったみたいだ。
「う………………」
うめき声が漏れる。もしかしたら、骨でも折れているのかも知れない。そう思えるほどに強烈な一撃だったのだ。
「……うん、よく寝た」
それはよかった。
そして、ヨキと呼ばれた男は、何事もなかったかのように、周囲を見回して状況把握に努める。
そうしてようやく来客に気が付くと、老人に説明を求める。
「ヨキさんが待っておったお客人ですのう」
老人の変わり身も早い、かしこまった態度で、先ほどの暴力行為のことは忘れてしまったかのようだ。完璧なお辞儀で客の紹介をした。
男は首をさすりさすり、俺達にむきなおる。どうやら、首をさするのは彼の癖らしい。
「よく、来た。私が、君たちを、呼び出したヨキだ。ここで、難、民達の、仮の、リー、ダーをしている」
意外に見た目は若く、まだ二十代の後半だろう。長髪で前髪は長く、視線はそれに阻まれている。背が高く線の細い体型をしていた。これもまた、予想外で、ガッチリした体育会系を予想していたので、この一見青年学者のような風体の若者に俺達はやや面食らった。
無精に蓄えた顎髭、眼は、頭から長く伸びたボサボサの毛で隠され、その表情を伺われる事を拒絶しているかのようだ。
そして、文節が独特で、ラップでも刻んでいるような妙な話し方をする。鬱陶しい。
「それで、私達をここに呼んで、何をさせたいの?」
シャルリエの物言いは、いつでも端的で、ストレートである。それは、変人に対しても、国家の要人に対しても変わらないのだろう。
腰に手を当て、堂々とした瞳で相手をまっすぐに射抜く。
「……そう、そうだ、用事。貴女に重大な、話。できれば、二人で、話したい」
こんな得体の知れないおかしな人物と二人きりになるなんて、普通ならば御免被りたいものだ。それが年頃の女性であればなおさらである。しかし、彼女は普通とはかけ離れた感覚の人種である。変人同士なので、意外と気が合うかも知れない。
「いいわ、アンタ達、ちょっと席を外しててちょうだい」
即答した。
「待てよ、俺も残る」
さすがに心配なので、そう申し出る。相手の肩書きは一応、信用に値するが、人柄は思いっきり不信なのだ。それに何か嫌な予感がする。先刻の広場でのシャルリエの言葉が引っかかった。
「え~、ずっこいぃ。ケンジ君が残るなら、マールものっこる~」
意外な伏兵が俺の意向に食らいつく。猫娘がいやいやをしだした。
「マールが残るなら、当然、俺も残るぜ」
次々と乗っかってくる。なんと仲間思いなのだろう。お願いだから、ツッコまないでやってくれ。
「みんな残るんならワシも残るのじょ」
あんたはいいだろ、じいさん。寂しいのか?
「駄目よ、出なさい」
「でも……」
俺は、なおもしつこく食い下がろうとする。
先ほどの広場での確執。それ以前からの彼女の悩み事。侵攻作戦に参加申請していた事と、それを隠していたこと。
知らないうちに、出来ていたシャルリエとの距離。
それらは、何か一つに集約されている気がした。それが何かは解らないが、直感がそう告げていた。
そして、ここで間違えると、取り返しの着かない事になる。そんな気がした。いわゆる、虫の知らせ、とでもいうのだろうか。
「俺は………………ここに、いる」
確とした理由はない、何も説明できない。ただそうしたいと思っただけだ。
だから情けない駄々っ子のような声しか出せなかった。頭に生えたオオカミの耳も、ダックスフントのそれのように力無く垂れさがっていることだろう。
「ケンジ、邪魔しちゃ悪いぜ、よく言うだろ、人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてしんじまいな、てな」
くだらない事をなぜか、渋い顔をして言っているゴウには悪いが、恋は関係ないと思う。
案の定、場にはしらけたような空気が漂っていた。
そんな中、依然、俺達二人の間は停滞していた。
「…………」
当のシャルリエに、じっと見つめられ、俺は、折れるしかなかった。その瞳は、二つの事を語っていた。
心配入らないということ。例え、危険を冒すことになっても、知りたい事があること。それらの想いは俺に、諦めるしかない、という事実を伝えていた。
最後に閉めた、傾いだ木の扉が、鉄のように重く感じた。




