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「よし、当日の侵攻ルートは確認した。これで任務完了だね、実際」


 旭区駐屯地に近い『根海』の入り口付近。


 調査隊長のレイジが宣言し、隊員の少女が無線でその旨を、危険地帯の外縁部で待つ後詰めの部隊に報告している。


 『根海』深部に侵入する事はなかったので、比較的危険は少ない任務となった。


 それでも、今回の役割は非常に重要だ。なにしろ、数後日にはここにかつて無い規模のドナーズと、兵士が集結する。

 海外から派兵されてくる部隊を併せると、1万超の軍隊が樹の中心部に向かって侵攻していくのだ。


 今日、同じ目的でここにいるのは、彼等だけではない、各大隊から各々選抜された調査隊が、視察に訪れているはずだ。

 軍隊の侵攻ルートを決めるのは、作戦そのものを決める事と同じ、軍の命運がこれにかかっていると言っても過言ではないだろう。


 なるべく安全なルートを通ることが第一条件となるが、幾つもの部隊が先をこぞってゴールを目指す。その早さも重要になってくるのだ。

 あとは、敵との遭遇地点の予測、戦場の地形の把握、兵站ルートの確保などが係わってくる。


 それにしても、今日はおかしい。いつもなら、危険地帯に侵入した直後に現れる怪物の姿が、今日に限って一体も見られなかったのだ。

 それどころか、『根海』事態も雰囲気が違う。なんだか、休眠しているように、不気味な静寂に包まれている。


「今日はなんだい。異様なほど化け物に遭遇しなかったな。お化けの運動会でもあるんだろうかねえ。リコさん」


 彼も同じ感想を持ったようである。レイジの発言にリコは適当に相槌を打った。


「やは~り、リコ君は優秀だね。まさに、頭脳明晰、洽覧深識、博覧強記だよ。君がいてくれたからこそ、今回の任務は大成功となったんだね、実際」


 歯の浮くような美辞麗句を並べられ、なんだか気まずい気持ちになったリコは、


「君たちだけでも、立派にやり遂げたと思う」


 と、リコは無難な回答を返す。何をするにも万事この調子である。普段だと、いつも悪いことは大抵彼女のせいにされていたのに。


 誉められるのは嫌いではない、むしろ大好きな方だが、正直、こうも無意味に褒めちぎられると居心地が悪い。


「まあ、その通りではあるんだが、こうも迅速に完璧にこなせたのは、やはりリコ君のおかげだね、実際。彼等と一緒じゃあ、こんな大役こなせなかったろう」


 彼等とは、ケンジ達のことだろう。さすがにカチンときたリコだが、黙っている事にした。確かに内心、ケンジ達とはこんな任務はこなせないだろうと思っていたのは事実だ。


「それでは、帰還することにしよう、実際」


 任務完了報告が終わったのを見計らって、隊長レイジ。


 リコの眼から見ても、彼等は優秀な軍人だった。隊長以外は全員、無駄口を叩かず、黙々と任務遂行を目指す。一人一人の能力も高く、動きも整然としている。


「ところで、君の所には、おっかないご主人がいるんだろ?」


 帰路につく道すがら、またしてもレイジが話かけてきた。


「シャルリエのこと?」


 まあ、それしかないだろう。凶暴で横柄な女ご主人様、『シャルリエ帝』は有名人だ。


「僕らのお嬢様も、彼女に学校ではよくいじめられると聞いているよ、実際。その横暴さでクラスメイトからも敬遠されているそうじゃないか」


 シャルリエの学校での生活は実のところは知らない。少なくとも本人が話すことはない。まあ、今言われたような感じだろうとは推察していたし、噂は隣の敷地にあるこちら側にも容易に届いていた。


「それがなにか?」


 務めて平静を装って端的に答えた。徐々に怒りが湧いてくる。一体、何が言いたいのだろう。この気取ったアンドロイドは。


「重ね重ね、同情するよ、君には。仲間といえば、あの三バカだし、ご主人にも恵まれないんだからね、実際」


 普段冷淡な方だが、ここまで身内を愚弄されてはさすがに怒りを隠せる自信はなかった。


「……」


 相手の意図も分からない。口を開くと爆発してしまいそうなので、リコは硬く口を結んでいた。

 次に彼の口から漏れる言葉によっては、飛びかかって殴り倒してやろうと心密かに決めていた。


「リコ君。僕らの研究所に来ないか?」


「…………?」


 意外な一言に呆然。思わず眼を見開いたまま数秒間じっと、相手を見つめてしまっていた。だらしなく口も開いていただろう。そのことに柄にもなく赤面する。


「き、君は、あんな所にいるべきではないよ、実際。君のような才能はきっと、僕らと共にあるべきなんだ。経済力もあるし、ご主人だって思いやりのある方だ。そうした方が君の為になる。我が研究所でこそ、君の輝かしい未来は保証されるんだ、実際」


 見つめられていた為か、相手の方でも僅かに顔を紅潮させている。まるで、選挙にでも立候補するかのように、高らかに演説をぶった。それは、広大な立ち入り禁止区域に響き渡った。


 リコは呆気にとられたままで、返す言葉を失っていた。怒りに煮えていた頭の中は真っ白で、ただただ、言われた言葉を反芻するのがやっとだった。

 その後一堂は荒野を無言で進む。彼女にとって幸いな事に足は勝手に動いてくれていた。


 無人になった大手銀行の前に警備兵が直立している。ここが危険地帯の出口だ。


 最後にレイジは、

「返事は今でなくてもいいよ。突然の話だからね。でも、よーく考えて欲しい。これは、一生を決める大事なことだからね、実際」


 最後の台詞を吐く時、なぜか彼は俯いていた。内気な男のプロポーズみたいだった。

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