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「どこ行ってたの?」
研究所に戻ると、開口一番、シャルリエから問いつめられた。
なぜか責めるような口調なので、何もやましいことはないのに、ドギマギしてしまう。男ってのは、誰でもそういう生き物なのかもしれない。
「どこって……」
重田と鍋をつついていた。そんな事、隠すことではないのだが、口ごもってしまう。
「リコは?」
「え?」
予想外の質問に別の意味で絶句してしまった。
「リコは一緒じゃないの?」
もう、夜の十時過ぎである。彼女の口ぶりからしてまだリコは帰って来ていないようだ。
真面目なあいつがこんな時間まで外をほっつき歩いている事は今までなかった。
玄関でシャルリエと押し問答していると、博士がやってきた。
「あいつは明日、大事な調査があるはずじゃい。それは大事な調査じゃ。だというのにあいつは何をやっとるんじゃ。またしてもあやつ、ワシの顔に泥を塗りたくるつもりではなかろうな。これ以上塗られたらツルツルになってしまうわい」
パックじゃあないだろ。
「調査? 調査って何よ? 聞いてないわ」
さっきまで、俺に吹き付けられていた気炎が、祖父に向かって吐き出される。
彼女は、軍人ではない。従って本来は軍事行動を教えてやる義務はないのだが、娘にめっぽう甘い博士は、シャルリエの剣幕にタジタジで、今にも白状しそうである。
「え、いや、なにも隠していた訳じゃないんじゃいよ。ただ、言い忘れてただけなんじゃい。決してワシはお前に隠し事なんかしないんじゃあ」
「まあいいわ、そういうことならあんたたちも明日、あの『根海』に行くんでしょ?」
「いや、行かない」
悔しそうに俯く。俺はまだふてくされていた。
「そうなの。なんで?」
彼女にはデリカシーの欠片も無いようだ。彼女に欠けている能力はたくさんあるが、そのうちの一つが空気を読む力だ。
「あ、明日はただの侵攻ルート確認だからな、そんなチンケな仕事は免除されたんだよ」
かなり苦しい言い訳。笑顔で言ってみるが、ずいぶんと引きつっていたあろう。自分に言い聞かせているような台詞だった。
「あ、分かった。あんた、作戦から外されたから、凹んでどっかで時間潰してたんだ」
無神経すぎて、すでに暴力だな、おい。ちょっと図星でもある。
「ただいま戻りました」
扉が開いて、当のリコが帰ってくる。玄関口に三人がいたので、やや面食らったようだ。
「おかえり、あんた、明日、特命を受けたんだって? しかも、一人でなんでしょ?」
シャルリエはいつでも、いきなりである。勢いで動いているのだからそうなるのだろう。いつも思いつきで行動し、俺達はそれに付き合わされる。
「明日は他の研究所の者と一緒です」
簡素な言葉で応答するリコ。しきりに俺の方を気にしている。
俺が見せた昼間の憤然とした態度から、気を悪くしないよう気を遣っているのだろうか。むしろ傷つく。
「そう。て、ことは、あんた達、明日暇よね」
ふいに俺に向かってそう断言する。ニッコリと珍しく非常に良い笑顔だった。彼女に足りないものその二。人を気遣う心。
「うるさいよ、ほっといてくれ」
完全に打ちのめされて、もはや返す言葉にも全く生気が乗らない。
亡霊となった俺は、ノロノロと自分の部屋に戻って行こうとする。陰気なオーラを纏い、もう話しかけないでくれ、と、その背中で語っていた。
石の枷を付けられたゾンビのように足取りは重かった。
「まあそう言わないの。明日はあんた、忙しくなるわよ。軍務は休みなさい。どうせ大した仕事はないんでしょ?」
そんなオーラもものともせずに、ゾンビの前に回り込む茶髪の少女。
なんで、と聞き返す気力もなく緩慢に部屋へと鈍い足を運ぶ。
「あーもー、うるせー」
「だーかーらー、ちょっとは話を聞きなさい」
もう、部屋の前だが、彼女が邪魔をして、どうにも逃げ込むことが出来ない。胸倉を掴まれた俺は、暴君の話を聞き終わるまでは、放してくれそうにない。
「あたしがお前に特命を与えてあげるわ。ケンジ」
満面の笑みを浮かべて言う彼女。
ほんの一瞬だが、俺はその姿に見とれてしまった。数年前……忘れてしまっていた感情を呼び起こされた。そうだ、俺は、こいつの事が…………。
「明日の朝7時、庭に集合ゴウとマールもちゃんと連れて来るのよ」
それだけ言い残して背を向けて行った。




