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「おい、ケンジ君。ちょっと来たまえ」
教官の控え室に向かう途中、軍の研究者、重田に呼び止められた。
施設の各部屋には、入り口にプレートがあるのだが、そこには『人造人間生態研究室』と、書かれている。
その扉から手招きしているのが重田研究者である。そこは彼の研究室だった。
「なんだよ、今忙しいんだけど」
軍の中でも、暴れん坊で通っている俺が厳めしい顔をして歩いていれば、それを引き留めようなどという物好きは少ない。
「まあまあ、いいのが手に入ったんだよ~。時間はとらせんよ」
「し、しかたないな、今度飯おごれよ」
教官に対して、ずいぶんと偉そうな態度。別の教官ならば、下手すると処罰されかねないが、重田は別である。彼には、威厳というものが欠片も感じられないのである。
重田は、俺を室内に招待すると、
「ちょっと座って待っててくれたまえ」
と言って、つづきになっている小部屋に入って行ってしまった。
室内は、まだ、夕刻前であるのに、重たそうな遮光カーテンが閉められていて、薄暗い。部屋の隅の棚には不気味な液体に漬けられた臓器のようなものが瓶に入れられ、所狭しと不規則に並べられている。
テーブルの上にもせせこましく、実験器具が散乱し、そのほとんどに埃が雪のように降り積もっていた。
まさしく男一人の空間を体現している。助手でも雇えばいいのにな。
「じゃ~ん、おまたせ」
そう言って、奥から出してきたのは、お土産のせんべい詰め合わせの缶箱のようなものだ。いや、違う、せんべいではなかった。箱にはロボットのような絵が描かれている。
「遅せー、さっきも言ったが俺は今暇じゃねーんだぞ」
「ふふふ、よ~く見たまえ。これを見てもまだそんな口がきけるのかな?」
自信たっぷりに重田。彼もかなりのマイペース人間だ。
「そ、それは、……まさか……」
それを見た途端、一刻も早く教官室に怒鳴り込みに行きたかった気持ちが一気に吹き飛んでしまった。俺も現金なものである。
「そう、超機動戦士オーラガンの第二期限定プラモ。ヱイスガンだ」
「なんと、あの、第二二話にしか出なかった幻の機体、ヱイスガンだと。初期から話題にだけはなっていたが、不自然なほど作中に登場しなかった連邦軍最高の戦士か」
「そうだよ、一説では、スポンサーから、名前が競合他社の商品と被っていたためNGがでたが、制作側が強引に出してしまい、その為に第三期の制作が危ぶまれたという曰く付きの機体だね。限定で100個しか作られなかったもんだよ」
俺達が盛り上がっているのは、夢中になっているロボットアニメの話題だ。
偽物の愛と正義を標榜する連邦政府に立ち向かう少年少女達が操るロボットの話だ。
俺と重田は以前から、共通の趣味を持つ仲間、ということで、仲が良かったのだ。
「すっげ~な、コレ、どこで手に入れたんだ?」
「ふっふふ、それはね……」
その後も長々とマニアックなロボットアニメについて話し込み、俺達は時間が経つのを忘れていた。
暗い室内で時間の感覚が鈍っていた事も悪かった。
「ってか、ああぁぁぁあっ」
「な、なんだ、どうした急に?」
突然奇声をを発した俺にビックリして重田。
「忘れてた、重ッチ今何時?」
「え~、七時半だけど。飯喰ってくか?」
時間を聞いてうなだれる。もう手遅れだ、いつもならばミヤケはもう帰っている。他の教官も主立った者はいないだろう。何より、気分が殺がれた。
「どうした、そういえば、何か用事があったんだな、悪かったな」
「あれだよ、明日の特命調査隊のこと」
「ん、明日?何かあったかな?」
研究者である重田は、世間の事、軍事に関することには無頓着である。当然、通達がないはずはないのであるが、綺麗さっぱり忘れてしまっているようだ。仕方ないので説明してやる。
「ああ、あれね、調査隊のことね。そうかそうか、はずされたんだな。まあ、仕方ないさ、本番に頑張ればいいさ」
あっけらかんと、励ましているのか取り繕っているのかよく分からない返事。
この手の人間の例に漏れず、無神経な発言は多い。少し気に障った俺は黙り込んでしまった。
「いや、しかし、頼むよ。今度の作戦。うまくすれば、あの『樹』と君たちの秘密が明かされるかもしれないんだからね」
さすがに少し気まずくなったのか、話題を変えてくる。
「え?」
「私も同行するんだよ。何せ、前人未踏の『樹』の中心部に迫ろうというんだからね。これが興味を引かない訳がない、ってね。しっかりガードしてくれよ。っと、言っても僕は作戦後に根海に入る方なんだけどね。……今日は鍋なんだが、いいよね」
部屋の隅に目立たないようにあった古ぼけたちっちゃな冷蔵庫から食材を取り出し、実験器具の中から、食器に使えそうなモノを探していた。
よく見ると、実験器具に混じって生活用品がそこかしこにある。ここにちょくちょく寝泊まりしているようだ。奥の小部屋には布団でも敷いてあるのだろう。
「それよりも、俺たちの秘密、ってなんだ?」
「ん、ああ、君たちドナーズのこと。きっと、あの樹には、その秘密が隠されている」
「なんでそう思うんだ、っていうか、そもそも俺たちの秘密ってなんだ?」
ガチャガチャと適当にテーブルの上の器具を寄せてスペースを作ると、煤けたガスコンロで鍋に入れたお湯を沸かす。具は野菜とキノコばかりだった。
「うん、人間は、生まれる以前、胎児の時に意識を持つ、としよう、仮にね。そして、生まれ落ちて成長するにつれてだんだんと自我が芽生えるようになるね」
重田は俺に向かって、幼い子供に教えるように丁寧にゆっくりと説明をしてくれた。
「それがどうした?」
「まあまあ、焦るんじゃない、鍋が出来たぞ。食べたまえ」
箸が一膳しかないのか、ガラスでできた棒を代わりに渡され、食べるよう勧められる。
薬品をかき混ぜるものじゃないのか、コレ。どうでもいが、ガラス撹拌棒というらしい。
「肉がない」
「ぐ、バレたか」
そりゃバレる。やむなく、といった体で冷蔵庫の奥の方から豚肉を取り出す。賞味期限は大丈夫だろうか。心配だ。
「で、自我がどうしたんだ?」
迂遠で面倒な話に聞こえたので、あまり真面目に聞いてはいなかったが先を促す。
「君たちの意識はどこから来ると思う?」
口に肉を運ぶ手が止まる。
それは、全てのドナーズ達が意識する事だろう。自分は何者であるのか。
「……そりゃ、お前、あれだろ、人間が死ぬ前の意識がまた戻ってくるんだろ?」
「うん、そういう科学者もいるね。でも、僕は違うと思う」
無精ひげ面の科学者は湯気で眼鏡を曇らせて続ける。
「個人的な考えで、確証もないし確認もできない。不確かで不正確な話をするのだけれどね。死んだ者の意識は戻らないんじゃないかな。その証拠に君たちは生前の記憶を持っていないだろ。死んだ者は恐らく生き返らない。そりゃあそうなんだよ」
後半は悲しげに聞こえた。
「今は記憶を無くしているだけだろう。同じ意識が胎児の頃に戻って、成長していくんじゃないのか?」
「そりゃあ違うだろうと思うね。生まれたての君たちには、すでに自我が備わっている。もしも元の肉体の持ち主と同じ意識が戻っているのであれば、同じ人格になるだろうけど、そうではないよね?」
生まれて間もないドナーズは人間の子供程度の知能がある。成人が死んで子供として蘇ったとしても、基本的な人格は大きく変わらないだろう。というのが、重田の論である。
「じゃあ、俺たちの意識はどこから来るんだよ」
あまりにずれてきた眼鏡を箸で直して重田は俺の問いに答える。
「わからないよ。けど、それを確かめたいんだ。だからこそ僕はあそこに行きたい」




