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プロローグ

「あ~、コレどう考えても作戦ミスだろ」


 そうぼやきながらもケンジは、伸びてくる鋼鉄の、恐らく水道管を歪に繋げた触手を紙一重で右にかわし、手にした愛用の長剣でそれをなぎ払う。


 ブリキで作った蛸の出来損ないのような怪物だった。


 硬い殻に覆われた胴を一刀の元に両断してやった。

 重たい体をどしんと左右に横たえると、そいつは動かなくなった。


 ふう、と手首で額を拭う仕草をやると、腕にはめた時計の文字盤が目に入る。昼を過ぎたあたりだった。


 夜でもないのに辺りは薄暗い。太い樹の根がそこかしこに蔓延って木の幹のようだが違う。森の中……ではない。


 だって、その中に埋もれるように建造物の残骸が見えるのだから。


 大型スーパーは半壊し、植物の蔦に取り込まれている。隣に併設されていた理髪店やコンビニエンスストア、お好み焼き屋も樹の根っこのようなもので店内は埋め尽くされている。


 頭上を仰ぐとこれまた樹の根に包囲されていて閉塞感に苛まれることになる。


 見渡す限り瓦礫と樹の根、さながら、この世の終わりのような風景が広がっているここは、『異界樹』の内部だ。

 詳細に言うなら、『樹』の外縁部。『樹』が発生してからはエリア6と呼ばれている。根っこによって取りこまれ、破壊されたスーパーマーケットの駐車場。


 ケンジを含む四人の男女が複数の怪物に襲われていた。


 対峙する奴等の外見はどう見ても人間のそれとはかけ離れていた。

 機械の身体を持つモノ。不釣り合いなほど大きな牡鹿の角が生えた大蛇。二足歩行する巨大な甲殻昆虫。頭は猿、身体は虎、下半身が人、といった見るもおぞましい異形の怪物群である。


「ケンジく~ん。右手の方角に敵影。その数八、でーっす。現在交戦中の敵と合わせて~…………締めて十一匹となりまーす。よっろしっくね~」


 やたらと陽気に状況を知らせる声。おかっぱ頭に猫の耳を生やした快活な印象を与える少女だ。大きな目玉をくりくりと動かして喜色を顕わにしている。


 他の者は軍服姿であるのに、この女だけは、同じ生地をアレンジして全く別の物へと作り替えてしまっている。一言で表すなら、『猫耳魔法少女』のような出で立ちだった。


「また来やがったのかっ。ってか、なんでこんな時にお前は笑顔なんだよっ。マール」


 マールと呼ばれた少女が答えて曰く、

「そりゃあもう楽っしいからだよ。うれしいからだよ。決まってるじゃ~ん。決まりきってるじゃん。悲しい時や寂しい時に笑う子なんていっないんだよ~。バカだな~ケンジ君は。ほーんとバカ」


 そういってキャッキャと高笑いしている。その足下には、今しがた彼女が叩き潰した掃除機の胴体に達磨頭の怪物が転がっている。


 彼女が手にしているのは、トンファー、と呼ばれる琉球古武術の武具である。肘から手の先よりも少し長いくらいの板状の鈍器に垂直に持ち手が付いている。防御にも優れた打撃武器だが、扱いは難しい。


「バカはおまえだろが。この状況分かってんのか。道は間違えるわ、敵の小隊に出くわすわ、おまけに仲間はバカばっかりだわで、踏んだり蹴ったり踏んだりだ」


「あっは、踏まれ過ぎ」


 マールはケラケラとトンファーを回しながら笑う。


「てか、お前暇ならこっち来て手伝えってんだよ。なんかさっきから俺ばっか戦ってるんじゃねーのか? サボってねーで働きやがれ、猫娘」


 そういう彼も実は、この状況を楽しんでいる。

 作戦どおりにいかないのはいつものことだ。なにしろ彼等は予定通りの行動が出来ないのだ。衝動的、動物的に行動し毎度危機に陥って、個人の戦闘能力の高さのみで、この危険な戦場を生き残ってきたのだ。


 元気娘に文句を付けたケンジの前にズズイと立ちはだかる巨大な影があった。


「ん~、その言葉、聞き捨てならんのぅ」


 野太い声。ツンツンと短く刈りそろえた頭には熊のような耳が付いている。軍服の上から無骨な金属製の鎧を装着していて、やたらと物騒だ。甲冑を纏った熊のような出で立ちだった。

 おまけにやたらと太い棒に鉄球をブッ差して、それにトゲトゲをつけたいかにも乱暴で凶悪な武器を手にしている。

 シルエットはどちらかというと熊よりも鬼のほうが近い。

 

「なんだ、無駄力。お前は俺の後ろでその不細工な棍棒でも振ってろよ。ゴウ」


 大鬼、ゴウと呼ばれた少年は何かを堪えるように地団太を踏んでいる。


「ん~、むむむぅ……、ふぅ~。お、俺の事はいい、だが、仲間の事を悪く言うのは許せん。ゆーるせーんぞーぅ」


 分かりにくいが、怒っているようである。奥歯を噛みしめ、肩を振るわせて今にもその鉄球と怒りを、頭にオオカミの耳を生やした少年、ケンジにむけ叩き付けようとしている。


 彼らが遊んでいる間にも敵の一群はその間も距離を詰めている。先ほどマールは八匹だと言ったが、七匹しかいない。勘違いか数え間違いか、まさか一桁の数を数えられない、という事はあるまい。


「邪魔だよ。あっちいってくれ」

 

 新たに加わった敵のリーダー格らしき魔物が迫っている。全身を鱗に覆われた巨大犬だ。

 本当に邪魔だと思ったのだろう。あっちへ行け、と手振りでゴウに示す。


 この一言に、怒れる熊がついに切れた。大きく振りかぶられた鉄塊がオオカミ少年に向かって行く。


「ゴウく~ん。サボってないでちょっとこっち手伝ってよ~。こっちに、二、三、四……、いっぱいいるんだよ~、独りじゃあ大っ変なんだからぁ。早く早く、ゼロコンマ二秒で来て」


 やはり数は数えられないのかもしれない。


「よおぉっし。今行っちゃうぞ~。マールちゃ~ん」


 今し方の怒りの形相もどこへやら、躍り上がらんばかりの勢いで仲間の救済に向かうゴウ。しかもスキップで。この変わり身の早さ。仲間に頼られる事がよっぽど嬉しいのだろうか。


 そこに、もう一人の仲間の声がかかる。マールよりは少し低い女性の声。


「誰か、こっちにも来てくれ。僕はあまり戦闘が得意じゃないんだ」


 背中からニョロニョロと気持ちの悪い触手を生やした怪人にからみつかれた少女。リコが助けを求めている。鼠のような大きな耳が今は元気なく垂れている。


「悪い、俺は今忙しい。『猫の手向かい、大』ってとこだ。ケンジ、行ってやれい」


 『猫の手向かい、大』、というのは多分、『猫の手も借りたい』と言いたかったのだろう。


 ゴウはマールの様子をチラチラ伺いながら闘う。目の前の敵など眼中にないかのような闘い振りだ。

 彼の守護対象は、常に一人の女性に絞られている。その対象とは、もちろん元気娘のマール。要は、彼女の事が大好きなのだ。


「ケ、ケンジ。は、早く、ほ、ほら、ダメ。この蛸。ニョロニョロするな。き、気持ちわる、い、よ。な、なんかコイツ、触りかたが……、エッ……チ」


 怪人の顔は自転車のサドルでできていて、表情など読みようもなかったが、どことなく興奮しているように感じられた。


「しかたねえなぁ。ほれ、リコ、今行ってやるぞ」


 鱗犬の噛みつき攻撃を紙一重でかわし、すれ違いざまに、前足に一撃を叩き込む。

 相手もさすがにその程度では怯まず、反転して背中を狙う。

 振り返って刀身でその鋭い牙を防ぐ。

 犬の顎に蹴りを叩き込み力任せに剣を引き戻すと、牙も漏れなく付いてきた。入れ歯の必要になった苦しむ魔物にとどめを刺してやる。案外弱かった。


「しかたない……とは、何だ。私は君達とは違って頭脳……、で勝負しているんだ。……あふ。戦闘で君が私を助けるのは、む、あむ……当然の……ことだろ。だ、だから早くぅ」


 青息吐息の彼女にからみつく触手から助け出してやる。


 いかにも迷惑そうな表情のケンジに憤然と不満をぶつける。粘液ネバネバの触手にからまれたのが相当気持ち悪かったのだろう。元はカチッと着込んでいた軍服の着衣も随分と乱れてしまって、恥じ入ったように身を竦ませている。

 可愛そうに、ずれてしまったメガネの奥の彼女の眼の端には涙が滲んでいる。


「助けるのが遅いよ、もう」


 べとべとになった衣服が透けるので、そのほっそりとしたラインを隠す為しゃがみ込み、涙目で哀訴する。


「うるさいよ、足手纏い」


「なんだって。君なんかに言われたくないっ」


「ほーう。じゃぁあ、なんで俺たちはこんな敵のど真ん中で孤立しているんだ。これは、誰の考えた進軍経路だったっけ?」


 口をへの字に曲げて、大きなネズミの耳を萎ませている。知性を漂わせるメガネの奥から悔しそうに、したり顔のケンジを睨み付ける。


「僕は、この道を通るのは反対した、それなのに君達が人の話も聞かずにズイズイ行ってしまったんだろ。絶対に僕は悪くない。悪いのは僕の忠告を聞かない君達だよ」


 まとわりつく嫌な感覚に抗しつつ、立ち上がる。


「うりゃあぁ」


 しかし、彼は何も聞いていなかったように、向かい合った敵に躍りかかる。いわゆる無視だ。


「……、むー」


 下唇を噛みしめ、悔しそうな少女である。少年の向けられた背を刺されとばかりに睨み付けている。


「ぬおりゃー、む、こいつ、意外に強敵だなー」


 敵に加勢が現れ、同時に三人を一人で相手しなければならなくなったが彼にとってはまだ余裕があるようで、しらじらしい台詞だ。


「……は、……ってない」


 袖にされた鼠少女は俯き、何事か呟いている。声が小さくて聞き取れないな。


「ん、なんか言ったか。おい、リコ援護してくれ」


「僕は、間違ってなーーーいぃ」


 振り向いたケンジの顔、横数ミリを槍の穂先が通過する。それはそまま直進し、正面にいた怪物の懐に深々と突き刺さる。断末魔をあげてそいつは倒れ伏した。


「へっ?」


 リコの繰り出した目の前の細長い凶器に少年は、額に冷たい汗が流れるのを禁じ得なかった。


「僕は間違ってない、よね?」


 槍を放ったままの姿で子供がするように下唇を突き出している。


「そ、そうだな」


 少年の口はどうしようもなく引きつっていた。


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