夏休みの定番です4
警戒心丸出しの少年を適当に流して、日差しが燦々と降り注ぐ田んぼ道を避けるべく、私は千鳥とは真反対、神社の脇を出て右に曲がった。戸惑いながら背後に続くユリウスの気配を感じます。
よしよし、ちゃんと付いて来ているな。
道を進んでしばらくすれば、こじんまりとした商店が見えてきました。一階をお店として開け放っている二階建ての木造建築。開かれた入口の上には、年季の入った建物とは不釣り合いな新品の看板が目を引きます。
白地にでかでかと大きなゴシック体で書かれているのは『漆間ストア』の文字。
「略して『うるスト』ね」
「……これは、店なのか?」
「そう。お菓子とか飲み物の他にも色々売ってるよ」
元々は『漆間商店』という駄菓子屋兼日用品店。という昔ながらの商店だったのですが、ここの店主である漆間家のおじいさんが、テレビに映ったコンビニという存在に感化されてしまったようで。
代々続いた『漆間商店』の看板を下げ、『漆間ストア』と生まれ変わったのです。──内容は何ひとつ変わっていませんがね。営業時間も午前九時から午後七時に変動なし。コンビニとは程遠いですよね。ま、田舎なんてこんなもんですよ。
と、ここで、店の奥からのそりと人影が。
「綾乃じゃん。なにそれ、誰?」
「あれ、公平? ウメばぁは?」
「ばぁちゃん腰をぎっくりさせちゃってよー。しばらく俺が部活休んで代理」
現れたのはTシャツにジーンズの少年、漆間 公平。私の同級生です。野球部でありながら坊主頭を断固拒否している、雰囲気イケメンってやつです。だって丸刈りにしたらごまかしがきかないからね。あくまで雰囲気です。
そしてこの彼が、先の「そういうお前だって、もれなくその一員だ」と言い放った友人でもあります。公平から見たら、我が家の連中は揃って猪突猛進らしいですよ。せめて私は外してほしい。
ところで普段のうるストは彼の祖母、通称ウメばぁが店番をしているのですが、姿が見えない理由は今聞いた通りのようです。いかにも田舎の温厚なおばあちゃんといったウメばぁは、みんなに愛されてる看板娘だというのに。大丈夫かな。さすがに心配。
「そんなに気にすんなって。寝てても口はやかましいくらいによく動いてんだから」
ひらひらと手を振って、公平の視線は再びユリウスに向けられる。
「もしかして、そいつが今噂のホームステイしてるっていう外人の一人か?」
どうやらすでに我が家の異世界人たちは有名人のようです。さすがに外人さんという認識らしいですが、田舎の情報網って本当に早い。怖い。音速どころか光速で広まっていく。
「こっちはユリウス。もう一人はギルベルト」
「ああ、金髪だろ? 沙代のダンナの」
「そこまで広まってるの!?」
「ここをどこだと思ってんだよ。ど田舎だぞ。よろしくなユリウス」
田舎ネットワークの恐ろしさを再認識している私の横で、公平がユリウスに向かって手を差し出しました。ですがそんな相手を一瞥し、少年はふんっと鼻を鳴らしただけで終わる。
「もうっ、ユリウスってばどうしてそう尊大なの!」
「なんだよー、人見知りちゃんかー?」
少年の態度を気にすることもなく、ケラケラと笑い懐の広さを見せた公平は、唐突に何か思いついたように手をポンと叩いた。
「あっ、そうだ、ちょうどいいやユリウス! お前なら似合いそうだ」
「え? なにが?」
「ちょっと待ってろよ!」
戸惑う私たちを残して、公平が店の奥に消えてしまいました。少しくらい説明してくれてもいいんじゃない!? 仕方がないので、とりあえず当初の目的だったアイスを選びましょうかね。
ぽかんとしたユリウスの手を引いて、アイスボックスの前に連れていく。
「ほら、これがアイスね。冷たくて美味しいよ」
蓋を上に押し上げれば、ひんやりと冷たい空気が頬を撫でた。ボックスの中には色とりどりのパッケージが敷き詰められています。
「何がいい?」
物珍しそうに中を眺めるユリウスは、どうやら決めかねているよう。
そうか、初めて見るのに何がと聞かれてもわからないですよね。
「これならきっと気に入ると思うよ」
「…………なんだそれは」
親切にも選んであげたというのに、心底疑わしげな声が向けられる。そんな私が握っているのは、グルグルと白い螺旋を作り上げているすなわちソフトクリーム<バニラ味>。
「甘くて冷たくて美味しいのよ?」
万人受けもバッチリのナイスチョイスだと思うよ?
私はといえば、昔ながらのチョコバーを選んで二人分の代金をレジ前に置く。ですが、上から響くドタドタとした騒がしい物音は一向に収まりそうにありません。
ひとまず店の前に設置された塗装剥げかけの古いベンチに、二人並んで腰かけました。
さっそく取り出したソフトクリームを繁々と眺めてから、ユリウスが意を決したようにパクリと先端を口に含む。
「………………」
長い、長い沈黙とともに、彼は動きを止めた。
なんだ、これはお気に召さなかったのでしょうか。どうなのでしょうか。選んだ手前どちらとも付かない反応をされるとドキドキする。
すると、ユリウスは無言のまま『ペロッ、パクッ、ペロッ、パクッ』とソフトクリームを食べて──いや、もはや一心不乱に貪っている。どこか頬がうっすらと高揚しているのは、私の見間違いではないと断言しましょう。
「気に入ってくれたみたいね」
ちょっと得意気に、ふふんと鼻を鳴らしてみれば、ぷいっとそっぽを向かれてしまいました。
「……まあ、悪くはない」
そう言いながらも、ユリウスのペロパクは止まっていませんけどね。
素直じゃないわー。もうちょっとこう、可愛げを……というか、そもそも。
「その髪切っちゃえばいいのに。邪魔でしょ?」
クルクルもっさりの髪で表情が見えないから、怪しさが倍増なんだもの。可愛げもなく生意気で怪しいって、なんという負の三重奏。
私の心からの善意ともいえる言葉を、ユリウスはフッと鼻で笑った。
あ、これはまた出るかな。
「これはお前たちのためだ。俺の瞳を見たものは味わったことのない恐怖を知ることにからな……」
──なぜだろう。こんなにカンカン照りで暑い中だというのに、私とユリウスの間に冷風が吹き抜けたような気がする。
──相変わらず仰々しい物言いが恥ずかしい。
「……さようですか」
私が遠い目をしている横では、相変わらずペロペロパクパク。こうやって見ていると、そこらへんにいる子と変わらないのに。……髪型は除いてね。
それなのに。
「なんで沙代が勇者になって、ユリウスが退治されるはめになったのよ」
そういえば大事なそこをちゃんと聞いていませんでした。
すると、ペロパクしていたユリウスの動きが不意に止まる。コーンを握る手に、ギュッと力が入ったのが見えた。
「……俺は、俺がやるべきことをした」
返された声は絞り出したように小さかったけれど、揺れる感情を抑え込むような強さがあった。
思わず私も動きを止める。
「己の血には誇りを持っている。だからこそ父と母亡き今、魔族を守る責任がある」
「……魔王様として?」
「そうだ」
まるで、そうでなければならないとでも言うように。
手を止めたユリウスは、じっと手元を眺めている。
「俺は、みんなを……魔族を守りたかっただけだ。それなのにお前たち人間は──っ」
グシャッと、コーンを握り潰されたソフトクリームが地面に落ちた。ユリウスの白い指の隙間を、溶けたアイスがボタボタと伝い滴る。
ここで、ようやく私は気付いた。
──きっと彼は、ずっと怒りを抱えている。初めて会ったときから今このときも。
「ユ──」
「お前らこっちにいたのかよ! 待たせたな!」
不穏な空気をぶち壊して、公平がお店から飛び出してきました。ジャーン! と効果音が付きそうなくらい勢いよく滑り出てくる姿は、もはや滑稽です。
「なんだどうした二人とも、しみったれた顔して──うっわ、ユリウスもったいねぇ!」
「ほらユリウス、手をパーにして」
喧しい公平を一旦置いておいて、ベタベタになってしまった少年の手をハンカチで拭いてやる。不覚を取ってしまったように唇を噛むユリウスは、話しすぎたと思っているのでしょう。
私もなんて返したらいいのかわからなかった。滑稽でも、正直、公平の登場は少し助かりました。そう思って目を向けると、腕になにかを抱えている。
「それを取りに行ってたの?」
なんでしょう黒い布の塊……服?
「俺は似合わねーからさ。でもユリウスならいけそうだと思って」
言うな否や、公平は手にしていたものをバッと広げて見せた。
──それは確かに服、もといTシャツでした。そしてユリウスにこれでもかと似合いそうでした。でも、でも……っ。
「お前それっぽいじゃん? どうだ。こういうの好きか?」
「……悪くはない」
頬をうっすらと染めていらっしゃる! これはソフトクリームと同じ反応! ってことは大層お気に召したご様子! でも、だけど……っ!
公平が広げたTシャツ。それは黒地に、まるで血飛沫のような赤い模様。裾は引き千切ったように無造作な作り。そして肩やら裾やらには無駄にファスナーがたくさんくっついていて──
「せっかくヴィジュアル系卒業させたのにいぃっ!」
そう。まさにこれはヴィジュアル系じゃないですか。
ユリウス初登場時は、貴族風のなんか真っ黒い服に黒いレースがもりもり付いてて、我が家のいかにもな日本家屋では浮きまくっていた。だからこそ騎士の格好したギルベルト共々速攻衣服は剥ぎ取ったというのに……ここにきてなんという!
「公平これどうしたの!? ユリウスも、ちょっ……握りしめているんじゃありませんっ」
「由真が着てくれっていつも持ってくるんだけどよ、俺こういうゴテゴテなの苦手なんだよね。ていうか似合わねぇし」
「まぁ、あんたじゃ所詮雰囲気イケメン……って、由真って、ゆまちゃん?」
ついさっき別れた千鳥の「ゆまちゃんのおうちに寄ってから帰るね」という声が脳内にリプレイされました。そのゆまちゃんの姿を記憶から引っ張り出し、思い描いたと同時に──心の底から納得した。
だって、私にヴィジュアル系の服装とは。を実際に見せてくれたのが彼女なんだから。
「あそこんちの姉貴が都会の服飾専門に進んだもんだから、こういうのいっぱい作ってくれるんだとよ。それで由真が一緒に写真を撮ってくれって……マジ勘弁」
うんざりしたように公平が項垂れてしまいました。
つまりヴィジュアル系ペアで撮影会をしたい由真ちゃんと、拒否している公平ってわけですね。
「でも立派なモデルが出てきてくれて俺も安心だよ。ありがとうユリウス! 救世主ユリウス!」
「勝手に引導渡さないで!」
「いいじゃん。気に入ってくれてるし」
公平が顎で指す先を追ってみれば、Tシャツをしっかりと握り、きっと分厚い前髪の向こうから熱い視線を注いでいるだろう少年の姿。
「まだいくつかあるから。どうせなら全部持ってけよ。今袋に詰めてやるな!」
「ええ!? いいよ! お兄ちゃんのお古があるからいいよ!」
「そういや夏休みはレジェンド帰ってくんの?」
「…………レジェンド?」
突然のレジェンド発言に、疑問の声をあげたのはユリウスです。
「ああ、うちのお兄ちゃんのこと」
「……それが名なのか?」
「ちげーよ! あだ名だって。レジェンド、伝説。マジ伝説の人だからな」
「夏休みに帰るって連絡はあったみたいだけど……まあ、そのへんは適当な人だから」
「来たら教えてくれよ。ってことで服準備してやるぜー! 全部やるから待ってろよ!」
「ちょっとぉー!」
言い放った瞬間、公平は店の中へと駆け出した。こいつ……! 上手いこと言っていらないものを全部押し付ける気だ! どうせ自分が断り切れずに受け取ったくせに!