第二章 変態×ボカロ=何それおいしいの?3
「……ま、まあ二人とも一度座りましょう? ね?」
「……そ、そうね」
「は、はい、そうですね芽衣先輩」
俺たちは三人ともいつの間にか立ち上がっていた。
芽衣先輩に勧められ部屋の中央、パソコンに囲まれた机へ戻る。付随された椅子に腰掛けると、立ち込めるアールグレイの香りが高ぶった感情を冷やしてくれる気がした。
二人も腰掛け、カップを手にしたのを見計らい俺は話を始めた。
「じゃ、まずなんでそんな真剣に俺を専属コンポーザーとやらにさせたがってるのかから話してもらおうか」
まったく。口論になって結局話が振り出しに戻った。
俺もこの朱翼という女が頭までアレな子だと知っていたら、まず要点を聞いたぜ。
……ちょっと待て、ここ迄頭がアレな女と云う事はひょっとして俺をスカウトしたい理由も実はたいした理由じゃないんじゃ——————
「私の姉は——耳が聞こえなくなったの」
案外重いの来た————!
「……そ、そりゃまるでベートーベンだな」
「……ううん、きっとベートーベンより酷いよ」
「——?」
晩年で耳が聞こえなくなった不運の作曲家ベートーベン。だが彼は耳が聞こえなくても目で感じて頭の中で音を鳴らし作曲した、と伝えられている。
「……だって私のお姉ちゃんは——耳だけでなく両手も失ったのだから。」
朱翼は意外にも淡々と静かに語たり始めた。
「今年の三月、交通事故に遭ったの。頭を打ったお姉ちゃんは耳と両手を失ったの。耳も手も在るんだけど、それが動かせないし、感じないの。それからずっと病院で入院してる。さっきのヨーロッパに留学して今は居ないって言うのは嘘、なんだ。」
これも嘘かよ。猫かぶり朱翼の言葉は殆ど嘘らしい。
「でもねお姉ちゃんはすっごく元気に振る舞ってるの! ……空元気って奴かな? 元々明るい人で私達の前では気を遣って、いつか治るから、治ったらまた音楽始めるって。また曲を書くって。」
……空元気、か。ああそうだろう。勿論俺は朱翼の姉に会った事は無いだろうけど同じ作曲家として耳と手を同時に奪われた悲しみは十分に理解出来る。
今の俺からその二つを同時に奪われれば…………生きる希望すら失うかもしれない。
耳がなくても曲が書ける……のかは分からないが、手が無ければ絶対に書けない。
そうか、ベートーベンより酷い、とはそう云う事か。
「そのお姉ちゃんは高校二年の頃——つまり去年の一年間、私達と一緒にこの部で『ビビ動四天王P』を目指してたの。」
「……ビビ動四天王P?」
聞き慣れない単語を聞き返した。
「ビビット動画で人気上位四名のボカロPの通称よ。サイト主催で毎年三月に行なわれる『ビビ動ボカロ祭り』と云う超ビックイベントでサイトへの功績やユーザーの意見なんかを取りまとめて総合的に上位四名を決定するの。実はお姉ちゃんは去年のこのイベントの帰り道、事故に在ったの…………」
イベントの帰りか————…………。そうなると一緒にイベントに参加した朱翼はより責任を感じているのかもしれない。
「ボカロ曲を作ってる連中は全員その……ビビなんとかとやらで音楽を公開するのか?」
パソコンで音楽を作った事の無い俺にそこら辺の知識はない。
「ええそうね。ビビ動に動画をアップしないボカロ作曲家はまず居ないわね。ボカロ書いてるならほぼ必ず登録している超有名サイトよ。」
……なるほど。
これが新しい商業音楽の形なのだろうか。自分の音楽をネットにアップロードして楽しむ、か。そんなのより生音の方が良いと思うのは俺だけか? 商業音楽は理解できん。
「……で、そのビビ動四天王に選ばれると大手メジャーレーベルと契約出来て晴れてプロのボカロPデビューの道が開かれるってわけなの」
「へえーボカロ界にもプロというものがあるのか?」
「そりゃもう! 今四天王第一位のささかまPさんはビビ動チャンネル登録者数百万人越え、最初に出たCDはボカロ部門売り上げで十一週連続一位、上げた動画の再生回数は平均六十万再生の正に化け物よ! ボカロ視聴層は今や一千万人規模とも云われ、大手レーベルからCD出しプロデビューすればもう大金持ちよ!」
「……規模だけは物凄いんだな」
俺はクラシック作曲界じゃ有名だしそれなりに業界にも詳しいが、商業音楽の分野はさっぱりだ。ましてやボーカロイド、なんて単語さっき聞いたばかりだ。まさかここまでとは若干驚いたぜ。
「夢半ばで敗れた姉の夢を今年こそは自分達で叶えよう、と云う訳か」
「……まあ結論そういうことかな。元々今年こそは四天王Pになろうって思ってたんだけど、お姉ちゃんの事があって余計、ね。お姉ちゃんが退院できた時、一緒にデビュー出来るよに、その為にこの部をもっともっと有名にしたいの!
それでお姉ちゃんに聞いたの。今年度、物凄く曲が書ける生徒が入学してくるから、そいつをスカウトして曲書かせれば四天王入りも夢じゃないって! ……まさかそいつがこんな変態だとは思ってなかったけど」
変態変態って容赦ないな……少しだけむっすりしてやった。
しかし姉の夢を継ぐ為、か。そんな事言われるとお兄さんちょっと心揺れそうになっちゃったぜ。
「お父様からも、お姉ちゃんがあんなんになった部活なんかやめろって言われてて…………だから今すぐ説得出来る実績が欲しいの!」
「なるほど、状況は分かった」
ああよーく分かった。
その上で確かに俺なら少しは力になれるかもしれないとも考えていた。なんせ俺、作曲に関しては天才だ。
——だけど————……
「……なら尚更引き受けられねえ」
「!? ど、どうしてっ?」
「……俺はボカロ曲なんて書いた事無いし書き方も分からん。聞いた事すら無いんだ。そんな俺が新しく入部したら、二人に迷惑かけちまうよ」
ふっふっふ…………こう言ったが正直な感想! ボカロを使って曲なんか書きたくない! 俺がやりたいのはクラシックなんだ! こんな女に付き合ってらんないぜ。芽衣先輩に会えないのは残念だけど…………これを期に連絡先を交換して他の方法で接触を試みればいいだけ。とりあえずこの女とこれ以上関わりたくない。
流石の朱翼もこういかにも真っ当そうな理由を言っておけば下がるだ————
「あっれーお姉ちゃんには『あんた可愛いんだから、ちょっと猫被ってお色気で誘導すればあいつなら直ぐ曲書く奴隷になってくれる』って言われたんだけどな?」
「——なっ!?」
先程迄とは打って変わり、冗談っぽそうに朱翼はそう言った。
俺の性格と実力を知っている、だと?
朱翼姉、一体何者なんだ————
——いや…………ああ、俺はそんな奴に、一人だけ心当たりが在る。
「……あんたのお姉さん——雨音椿か」
「イエス、大正解ー♡」
……なるほど、そういうことか。
雨音椿——俺がクラシックの作曲コンクールに応募する度にいつも応募して来た二つ上の五月蝿い女だ。まあいつも順位は俺の下だったが、あいつも悪くない成績だった。表彰台でいつも俺に嫌みを言って来たもんだ。そう言われてからじっくり観察してみると確かに外見はこいつとそこはかとなく似てたり似てなかったり…………
「……なにジロジロみてんのよ変態」
「おまえ外見くらいしか取り得ないんだから見たって良いだろ」
「うわっキモっ」
本気で引かれた。コイツになら嫌われても何とも思わんが。
しかし……雨音椿が事故で耳と腕を失っていたとは驚きだ。流石に同情もする。だがそれとこれとは別問題。
「まあ猫かぶりを辞めるのが早すぎたな、朱翼」
雨音椿の言う通りもしもコイツの性格が清らかだったならば——まあ奴隷になってましたね! 美少女こそが俺の中で正義だから! ひゅー俺単純ッ!
すると朱翼は大きく息を吸い込み、
「あ——————! やっぱそうなの!? 私しくじったの!? ねえ芽衣——————!!」
「そ、そんなことないよ朱翼! あんたはよーやったよ!」
……まーたかこの泣き虫女が。朱翼は芽衣先輩の胸に泣きついた。その豊満な脂肪の中で顔を揺すり、胸で涙を拭く。くそぅ、Gカップ美乳に顔埋める朱翼羨ましい。
だが朱翼、今回はこれで下がらず一枚の紙を見せつけながら不敵な笑みを浮かべた。
「……で、でも! この仮入部届けが在る限りアンタは…………!」
「そんな事したら担任の教師に『せんせー! 電子音楽研究部の部長が俺を拘束してあんなことやこんなことをしようとしてきましたー!』って抗議するけどなんか言い訳ある?」
「あんたじゃないんだから例え拘束してもあんなことやこんなことなんてしないわよっ!」
ツッコむ所はそこかよ! そんで、朱翼さんはあんなことやこんなことでどんな事を想像したんでしょうね!
しかしそこで——朱翼の雰囲気が急変。
「分かった————私も本気よ。手段を選んでる場合じゃない。こうなったら奥の手を使うわ————……」
何やら深刻そうな表情の朱翼————
奥の手、だと この頭すかすか女にそんなものあるのだろうか?
そう言うと立ち上がり彼女の隣に座る芽衣先輩の後ろへ。
「——?」
そして————…………
「————————っ!? きゃ—————っ!! んぁっ、ちょっと朱翼、な、なにすんの—————————————————ッ!?」
ふ、ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
朱翼は芽衣先輩の豊満な『Zeeカップ』の『OPPAI』を手でこねる様に後ろから鷲掴み、揉みほぐしたッ!!
ピンクのセーターの上からでも確かに確認出来る豊満なそれのエロスティックな動きッ!! 波打つおっぱいッ!! 嫌がる芽衣先輩の表情ッ!! 迸る汗飛沫ッ!! 女同士で乱れる(意味深)のも実に素晴らしいッ!!
こ、こんな破廉恥な! 実に変態的な女だ! 男の前で女性の胸を揉む姿を晒すなど、やはりコイツは清楚に程遠いビッチだ!(訳:あの女、たまには良い事すんじゃねえか!)
ふっ。しかし女性の美を計算し尽くす男——橘輝の見つめる視点をそこらの野郎と同じにされては困る。
——揺れるGカップ——それも勿論良いのだが——
俺が注目しているのは…………!!
——恥ずかしがってむずむずと動く『HUTOMOMO』だ——————————ッ!!
普段揉まれる事の無い胸を揉まれる事で恥ずかしがり、無意識にもじもじしてしまう脚! ミニスカートの下に臨めるそこで繰り広げられるはまるで『OMORASHI』を我慢する様に二つの太ももを擦り合せるその姿! エロいっ!! あの股間、実にエッロい!! 大興奮!! そう、これは………………
エロスの塊————————————————————ッ!!
「どう? もしアンタが仮入部期間で一曲ヒットするボカロ曲を書いてくれたなら芽衣のおっぱいを揉む権利を上げるわよ」
「朱翼!? な、な、何言ってるのよ!?」
「たかが胸でヒット曲がゲット出来るのよ? ……我慢なさいっ!」
ふっだが甘いな! 流石の美少女マスター輝様でもそんな手段に乗る訳が————……
ブ—————————————————!!
朱翼の手がブラウスの下に伸びるっ!! こ、これはっ!! な、な、な、生揉みすか!!
え、あのブラウスの中ではブ、ブ、ブブ、ブラとかまで外しちゃってるんすかね!!
お、俺の精神が…………鼻血が…………持た、ん—————…………
「朱翼——————………………。」
「なーぁにー?」
くっ! 朱翼の奴めっちゃ笑顔で胸に手を回しながら話すの辞めろ! 破廉恥な女め! 集中できん!(訳:いいぞもっとやれ!)
「仮入部期間に、一曲、書くだけで良いんだな?」
「ええ、ヒットする様な曲をちゃんと書いてくれればね!」
俺は右手をすっと伸ばす。
「交渉成立だ」
「はい、まいどありー!」
そして朱翼と固い握手を交わすのだった。
「……もう、お嫁にいけない………………」




