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こんぽーざー! 変態と美少女がボカロP目指してみた。  作者: らい
第四章 変態×願い=伝えたいキモチ
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第四章 変態×願い=伝えたいキモチ5

「まったく、どういうつもりなのよ……イキナリ呼びつけやがって」

 そう言いながらも朱翼はまんざらでもなさそうだった。

「まぁまぁ、これから始まる物を聞けば分かるって」

 ふぅん、と疑いの目で俺を見る朱翼。そりゃそうか、そっちからすりゃいきなり呼び出されてカンカンって感じか。

 ——唐突に、会場の照明が落ちた。

 映画館の様に足下の電球と緑人間の非常灯だけが輝く。

 照らされるステージ。現れる指揮者。巻き起こる小さな拍手。

 そして————————…………


 ——————————————————ッ!

 音楽が————始まった


 前奏。

 優雅なヴァイオリンの旋律————それに続くはゴシック装飾の様にそれを一層煌びやかに飾るクラリネットの星々。

 金色のフルート、仰々しいファゴット、そして全てを支配するトランペットの咆哮。

 指揮者が大きく振りかぶると全ての楽器が途端に雷鳴を轟かせ、音楽は絶頂の盛り上がりを魅せる————

 それを受け継ぐティンパニーのトレモロは音楽を萎ませ————そこから導きだされる緊張感ある休符という名の————静寂————


 そう、ここまでの音達は——これからを輝かせる為の前座に過ぎなかったのだ————


 ————私を繋ぐ運命

 ————鎖に縛られた人生

 ————そう、人は

 ————生まれる場所を選べない


「これは…………ボカロ!?」

「……お前、一度スコア見たのに今まであの曲だって気付かなかったのか?」

「う……うっさいわねっ!」

 そう今日演奏する曲は元々ビビ動にアップするつもりだった曲。

 このオーケストラ伴奏も、朱翼がソフトウェア音源を使ってパソコンで再現する予定だったもの。

 それを————生の音で朱翼に聞かせたいと、俺は思ったのだ。


 ————世界はこんなにも複雑

 ————大人はこんなにも理不尽


 ミュゼの優優たる美声を取り囲むのはまるで弦楽器のシルク。

 宝石箱をばらまいた星の海の様に光輝く音の粒を、ミュゼは一つ一つ手に取り天使の息吹をかけるのだ。


 ————けど、私は

 ————この世界で何かを見つけた


「——クラシック音楽は譜面と云う鎖に繋がれた自由の無い音楽」

「えっ————?」

 朱翼は驚き振り向いた。だが俺はただ真っすぐと舞台を見ていた。

「確かにそうだな。クラシックの世界じゃ譜面の枠を超えた演奏をしたら評価されない。鎖って表現はなかなか面白いよ」

「………………芽衣に、聞いたのね」

 呆れ顔で流し目の朱翼は肩の力を抜いた。

「————大正解」

 

 刹那————大砲の様なシンバルの一撃がBメロへの移行を告げる


 ————鎖に蝕まれるアゲハ蝶

 ヴァイオリンは何か焦った様に音楽を推進させる。

「朱翼がそう思うのも理解出来る」


 ————もう飛ぶ事が出来ないの?

 それを優しく受け止めるチェロ率いる低音楽器。

「厳しい環境で育ったお前には同情する」


 ————そうじゃない、違うんだ

 だが次の旋律になるとそれらが一体になって音楽の背中を推す。

「けど、だからって諦めるのかよ?」




「————朱翼(アゲハ)は飛び方を知らないだけだ————!」




 ————聞かせて、空は何故美しいのかを

 ——ああ、俺が教えてやる。

 それぞれの楽器が『オーケストラ』と云う名の新しい一つの楽器となって音を荘厳に邁進させる。

「けどな————お前は大きな勘違いをしている」

 朱翼は真顔のままその瞳から大粒の涙を落とした。


 ————聞かせて、花は何故輝くのかを

 ——最初にも言ったろ? 物事の一番大事な部分はその一番深い場所にあるんだ。

 弦楽器が生き生きした旋律を作り、金管楽器が重厚なハーモニーで以てそれを支え、木管楽器が優麗な装飾でそれを輝かせ、打楽器が背中を推し、ミュゼがそのオーケストラに跨がって音の海原を翔る。

「譜面は作曲者からの手紙。お前を音楽へ導く為にあるだけだ。未熟なお前を支える為にあるだけなんだ」

 朱翼は不細工に表情を壊して、それで真剣に泣いた。


 ————世界は真実の色を知らない

 ——自分の色は自分で決めていい。決めなくちゃいけない。誰かや何かに縛られるものじゃない。

 すると装飾と推進力が若干薄れ、弦楽器は微かな、しかし確かな感情を訴える。

「クラシックの醍醐味ってのは譜面と云う名の手紙から自分が感じ取った感情を音にする事にある」

 くしゃくしゃになった自分の顔を懸命に隠す様に、朱翼は涙を手で止めようとするのだ。


 ————夢は誰にもバカにできないから

 ——お前はもう自分で見つけたんだろ? 自分の夢を、生き方を。なら何も気にせず、その道を闊歩すればいいんだよ。

 紫陽花の様に萎む音のタペストリー。最後に奏でたハーモニーは静かで、微かで、美しかった。

「音楽ってのは何時だって何だって自由で良いんだ。譜面に縛られる必用がある、なんてのはただのお前の思い込みなんだよ」

 すすり泣く美声。びくびくと脈打つ肩。俺はそんな朱翼の右手を、最後まで放さなかった。


 この曲はオーケストラで演奏されるがクラシック音楽じゃない、ボカロだ。

 この曲はミュゼが歌っているがボカロじゃない、クラシック音楽だ。

 嘘。

 どっちも嘘。

 この曲は————音楽

 それ以外の何物でもない………………


 微かに残った和音の残り香を辿る様に、一本のヴァイオリンが静かに暖かい旋律を施す。

「ただの手紙を鎖と勘違いしてたお姫様。今の感想は————?」

 俺は茶化す様にそう言ってやる。

 顔を上げる朱翼。目は真っ赤。綺麗な髪はグチャグチャ。涙で頬はぼろぼろ。

 けど。

 今まで見たどんな朱翼よりも、可愛くて、美しくて、俺は好きだった。


「その上から目線な態度がムカつくんだよ————輝っ!」

 まったく。最後の最後まで内面BP0だよ—————雨音朱翼は。

 気付けるか気付けないか——答えはこんなにも単純。

 弦楽器が最後に創り出す美しい和音は————ホールを満たして、包み込んだ。


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