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こんぽーざー! 変態と美少女がボカロP目指してみた。  作者: らい
第三章 変態xアキバ=奇想天外
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第三章 変態×アキバ=奇想天外9

 俺達八芸電研部一行は続いて同じフロア奥のスピーカーコーナーに向かうつもりだったのだが…………

「芽衣ーなんだかお腹空かない?」「うん! 私もぺこぺこ〜」「じゃあさっき話した最上階のアイス屋さんに行こう! 輝の奢りだし!」「ちょっ! 俺はまだ何も…………」「ありがとー輝くんっ!」「ははは! 何を言うんですか芽衣先輩! これくらいジェントルマンとして当然です!」「じゃーいこー!」「おー!」「……はぁ————」

 ……という流れを経て最上階のアイス屋に来たのだった。まぁ確かに気付けば時間も時間で昼時なのだが。てかここ楽器屋だよね?

「いらっしゃいませー」

「「わぁ—————————!」」

 女子二名のテンションが今日一番高くなった事は声だけで分かった。

 扉を開けて最初に気付いたのは空間を支配する甘くも爽やかローズの香り。

 広い店内に敷き詰められるのはストロベリーピンク、ライムグリーン、サックスブルーと云ったキラキラ女子女子したソファー。真っ白で縁をまん丸く加工したデスクに、天井に吊るされるはこれまた真っ白でまん丸のライト。猫の尻尾がふりふりする時計、ガラスで仕切られた壁に飾られた可愛らしいバンビのイラスト…………

「まるでオシャレと云う言葉を具現化させたような空間だな」

「なに哲学的な事言ってんのよ。ほら、ここアイス食べ放題千円なんだから早く食べるわよー!」

「は、はぁ」

 なんかさっき二十万のもの奢らされた俺にとって千円とか滅茶苦茶安く感じてしまった。俺いつから金持ちになったんだ?


「「はむはむはむはむはむはむ」」

 ストロベリー、ラズベリー、ホワイトチョコ。

「「はむはむはむはむはむはむはむはむはむ」」

 チョコミント、バニラ、ラムレーズン。

「「はむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむ」」

 抹茶、オレンジ、ヘーゼルナッツ。

「「はむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむ」」


「あんたらどんだけ食うんだよっ!」

 放っておいたら百個くらいぺろっと食べてしまいそうな二人だった。アイスそんなに食ったらお腹冷やすだろうがよ。

「や、だって輝、はむはむ、ここ食べ放題だよ? はむはむ。」

「そうだよー! はむはむ。折角輝くんが払ってくれるんだから、はむはむ、元取らないと悪いじゃない? はむはむ。」

「……なんかフォロー有り難う御座います芽衣先輩」

 だが両者話してる間も手を止めない。はむはむ五月蝿い。

 なんか俺の想像してた美少女とのカフェデートと違い過ぎた!

 ………………………………

『ハーイマイハニー。今日は君の為にスペシャルなスウィーツを用意したのさっ』

『まーステキダーリン!』

『パチンッ! さぁ持って来てよ!』

『まぁ! ……これは?』

『スプリングブラウンシュガーアンドストロベリーナッツホワイトショコラさっ』

『キャ——! ダーリンかっこいいわ—————!!』

 ……みたいなのないわけ!

 ま、まぁそもそも今日はデートじゃないし別に良いんだけど————

「あ、すいませーん! このチーズケーキサンデーっていうの追加で!」

「私はこのショコラサンデーで!」

「それ食べ放題のメニューじゃないだろっ!」

「「てへぺろ!」」

「てへぺろ!っじゃねえよ!」

 ……はぁ。仕方ねえな。

「俺はブラウニーサンデーで」

 俺も食う。


「「「ぷふぁ——————……まんぷく!」」」

 三人でお腹をバランスボールみたいにさせてソファーにだらしなく横たわった。

「もー食べられね————」

 結局出禁になるんじゃないかって量のアイスクリームを三人で食べて食べて食べまくった。多分五キロくらい食べた。そんな感覚だった。

「んで朱翼ー次は何処回るんだっけー?」

 げっぷ。

「……おい仮にも女の子ならげっぷなんてすんなよ。男の理想が壊れる」

「理想って……最近ようやくアンタもBP一〇〇の理想の女の子は居ない事に気付いて来たんだー? そんなのは夢よ夢!」

「いいや、俺は諦めん! BP一〇〇の女神JKを見つけて射止める迄! あ、あと、お前食い過ぎたせいでウェストが十一センチ増になってるから今日は夕飯抜けよ」

「……相変わらずよくそんな変態発言堂々と出来るわねぇ————……」

 ……あぁ、食い過ぎたせいでいつも以上に話が進まねぇー。

 よいしょっと。俺は懸命に起き上がった。

「おい、朱翼。次は何処へ行くんだよー?」

 俺は朱翼のほっぺをぷにぷにしてみる。

「んー? 次ー? スピーカーゾーン行くつもりだったけどなんか疲れちゃったからいーよねーもう……むにゃむにゃ………………」

「寝るな!」

 食べたらその場で寝ちゃうとか勘弁してくれ————……。

「だーからねー!」

 すると朱翼は腹筋で立ち上がった。俺にほっぺを触られてて気持ち悪い事に気付いたっぽい。手をペチンと弾かれた。

「スピーカーは家にあるでしょ?」

「あ、あぁ。CD聞く時に使ってるのでいいなら。」

「それをオーディオインターフェース使ってパソコンに繋ぎゃ良いのよ。スピーカー置く時には自分の顔と二つのスピーカーを結んで綺麗な三角形が作れる角度に置いてそんで作業すればおっけー!」

 ぐっじょぶサイン。めちゃくちゃに得意気だった。

「いやいやいや意味わかんねーよ! オーディオインターフェースって何? 綺麗な三角形って何さ!?」

「ぐぐれ!」

 ——使えねええええええええええええええええええええええええええええええ!

「そんなことよりボカロ本体まだ買ってないでしょ! あれなきゃマジで始まんないからね!」

「お、おお。そりゃそうだ」

「よし! そうと決まればボカロフロア行くよー! あ、会計よろぴく☆」

「ごちそうさまー!」

 すると女子二人は足を車輪の様にぐるぐる回して一瞬で店を後にした。

「……結局スピーカーの事は自分でぐぐれカスって事なの…………?」

 なんか納得出来ないけど、まあスピーカーなんて作曲自体にはあんまり関係なさそうだし? 俺は結局諦める——なんか癪だしぐぐりもしないもんねーという密かな反抗心を胸に(倒置法)。



「ボカロー!」

 朱翼は四階のボカロフロアに着くや否や両手を大きく上げて上陸の喜びを露にした。何度も言うが俺から言わせてもらえばどのフロアもパソコンとソフトウェアが置いてあるだけで景観の変化がある様には見えない。しっかし長かったボカロ制作追体験もこれが最後…………。

「わっははははー! しーんさーくボカロはどーっこかなぁー」

 ——おっと今回は逃がさんぞ!

 例の如く棚の森へ消えようとする朱翼の腕を俺はがしっと掴んだ。

「——? なーぁによ変態」

「さっさとボカロソフトの使い方と買うべき商品を教えてくれ。俺の勘が告げている——ここで朱翼を野放しにすれば一生家に帰れない、と」

「……割とその勘当たってると思う」

 芽衣先輩も冷や汗をかきながら同情してくれた。

 すると朱翼は腕をぶん、と一振り俺をじぃっと睨みつけた。

「ふ——ぅん。ま、良いわ。アイス買ってくれたし今回だけはアンタに従ってあげる」

「お、おう……さんきゅー…………」

 アイスで買収出来る所が本当に子供で笑ってしまう。アイスの何百倍もするものも買ってあげたのにね!

「じゃまずこっち来なさい————」

 ここに来て初めて俺達と朱翼は共に棚の森へ進むのだった。最早ちょっと感動すら覚える。どんだけあいつ自己チューなんだよっ。


「これがボカロよ!」

「おお! …………ってやっぱただのソフトなんだな」

 朱翼がボカロとして紹介してくれたもの。それは先程のソフトウェア音源やDAWと同じ様にただの立方体の箱だった。表紙には可愛らしいアニメ調のキャラクターが描かれている。

「とーぜんでしょー? ボカロも所詮はただのソフトよ」

 ……好き好き言う癖に案外心得てるらしい。

「んでこんなにいっぱいある訳だけど、ぶっちゃけどれを買えば良い訳よ?」

 朱翼の紹介する棚には恐らく三十、四十程のボカロが陳列していた。ここから一つ選べと云われても何を選べば良いのか。

 だが朱翼は珍しく、

「ズバリ、ミュゼね!」

 強気に断言した。棚の中からグリーンの『ボーカロイド・ミュゼ』と書かれたボックスを背伸びして引っ張りだすと俺の胸に押し込んだ。

「ボーカロイド達にはそれぞれ歌の得意分野があるの。美少女歌姫サラちゃんはメロディアスなフレーズを歌う達人、ちっちゃ可愛いカノンちゃんは複数人での合唱の達人、おてんば娘キララちゃんはポップで明るいR&Bやテクノ系の達人、ちょっとイカついレヴィーちゃんはロックンローラー等々!」

「ミュゼは何が得意なんだよ?」

「ふふーん実は何でも出来ちゃう万能な子なのっ!」

 俺の持つボーカロイドミュゼの箱をなでなでしながらそう言った。

「ていうかミュゼはボカロの代名詞、一番有名で一番扱い易くて……まあとりあえずミュゼが扱えれば合格なのよ」

 すると朱翼は目の前に在ったパソコンを高速で操作しビビット動画を開いた。そして「これ聞いて!」と一言、ある一本の動画を流す。

「…………これは、ささかまPの新作だったな」

「お、あんたこれちゃんと聞いたの? 案外偉いのねー!」

「いや、そりゃ一応ヒットしてたから……分析もしたぞ。スコアも耳コピで作った」

「一応ってなによ!? もう大ヒットなうなんだからっ!」

 前屈みになってそう叱る。俺的にはえー耳コピすごーいとかいって欲しかった、嘘、別に朱翼に褒められても嬉しくなかったわ。

「この声がミュゼなの。んでこっちが————……」

 朱翼はまたページを切り替え次の曲を再生する。

「……これもささかまPだな」

「ええそうよ! てか輝案外聞いてるじゃん! るいともだね!」

 ……こいつ絶対類は友を呼ぶの意味知らないで使ってるぞ! 多分私達仲間みたいな意味だと思ってるぞ! 面白いから俺はその間違いを訂正しなかった。

「これはロックンローラーレヴィーちゃん。どぉ? 声違うでしょー?」

「ああ、かなり音のアタックが強くて歌詞も明確だな。これがロック向きボーカロイドと云う事か」

 ボカロの分析中、同じボカロでもボーカルの声音が違うな、と気になった事はあった。が、パソコンの事は良く分からないので特に気にしていなかったが、まさか使っているソフトがそもそも違かったとは驚きだ。ボカロっていうソフトが一個あるだけだと今迄思ってたぞ。

「でも最初に聞いた方の曲の声がミュゼなら、ビビ動の動画の大半がミュゼじゃないか?」

「そ、そ! そうなのよ! 今ビビ動にアップされてるボカロ曲の大凡六割がミュゼ。 それ以外のボカロソフトは扱いが難しくて玄人向けなのよー!」

 ボカロの話が通じて俺に親近感を持ったのか距離を若干縮めて来た。肩から若干見える白いブラ紐がエロい。

「ミュゼ、お前凄いんだな!」

 そう思ってからパッケージイラストを見てみるとミュゼが一段と可愛く見えてくる。緑のロングヘアにエメラルドの様な瞳。すらっと伸びる足。ウサギの様に小さな手…………

「おい、この絶対領域若干狭すぎないか? 身長百六十一センチという情報から推測するにこの幅は七センチ。太ももの太さが三十六センチであることも推測できこれを考慮すると、この時絶対領域が働きかける役割とは太ももの脂肪の圧縮ではなく————」

「ミュゼちゃんをBP測定するなっこの変態————————————————ッ!」

「ひでぶっ!」

 ミュゼのソフト箱を一瞬で取り上げると俺の頬を平手打ち。じみーに、いや割と痛い。ヒリヒリなう。


「じゃ、じゃあ続いてミュゼの使い方を教えてくれ」

 俺は打たれた右頬を手で押さえながらそう言った。

 ふん!、と一言の後またパソコンを操作し見慣れないページを開くのだった。

「これがミュゼのホーム画面。ま、とりあえず今迄とおんなじ要領でまず旋律打ち込むわね」

 そう言うと朱翼はMIDIキーボードでとある曲の旋律を奏でるのだった。今迄と同じ要領————俺が先程ヴァイオリンの旋律を弾いた様にミュゼをソフトウェア音源としてそれと同じ事をするのだろうな。全て『あー』という歌詞でミュゼの歌声が音程を伴って耳に届く。しっかし朱翼の奴、めちゃくちゃ気持ち良さそうに演奏してやがる。ったく、そんなに良い曲でもないのに…………————いや、俺はこの曲に聞き覚えがある。


「——願い——————」

「え————っ」


 ぼそっと俺がそう呟くと朱翼は突然音楽の世界から現実に返って来た。

「アンタ、ささかまさんの『願い』知ってるの!? 再生回数も三十万前後のささかまさんの中では結構マイナーな曲なのに!?」

 朱翼は俺の両肩をぎっしり掴み、真剣な表情で俺に迫った。……だからそうされると谷間が見えるのですがいいんですかね?

「三十万前後だから逆に知ってんだよ。俺達の目標、十万だろ?」

「あ——————っ」

 ——どうやら朱翼は俺の言葉を思い出したようだ。十万目指すなら十万〜三十万を参考にせよ、という俺の言葉を。

 すると肩から手を離し、ゆっくりと、何か大切な事を語る様に言葉を紡いだ。

「私ね————この曲の歌詞に支えられて生きてるんだ……大好きなの、この曲」

 とびきりの笑顔で俺に振り向いた。太陽を切り抜いた様に温かくて優しい笑顔。やばい、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 いやいやいやいや! きっとあれだ! いつも不機嫌そうな表情か汚物を見る様な表情しか見せない朱翼が時折こういう顔を見せて来るとちょっと良いと思ってしまうあのトラップだ! うん! 俺は自分にそう言い聞かせる。

「……俺もその曲、歌詞は好きだぜ————」

「えっ——————?」

 するとどういうことか、そんな可愛いらしい表情のまま俺の目をじぃっと見入る朱翼。俺の心臓がいつもよりうんと早く脈打つのを肌で感じる。

 ……サラサラして艶やかな髪、可愛気のある女の子の香り、朱翼の美麗に透き通った瞳が、迫る——————………………

「ほっ、ほら! ……さっさとミュゼの使い方の続きやってくれ。」

 これ以上この話を掘り下げられるのが何となく嫌だった俺は無理矢理に話を戻した。

「え、ええ、そうね——————……」

 でも、そんな時に限って、

 少し物悲しそうな表情を垣間見せたのを——俺は運悪く見てしまった。


「って言っても他の楽器とやり方は変わらないわ。まずはそれぞれMIDIの音符に歌詞を打ち込む。ベロシティで発音調節して滑らかに歌わす。っとここからはボカロ専用だけど、ブライトネスツールで声質を変えたり、ビブラートツールでビブラートの割合を調節したり」

「音符一つ一つを調節して歌を歌っぽく聞かせる作業を繰り返すのかー。骨の折れる作業だな」

「そうよーこの調教作業がボカロの肝であり醍醐味なんだからっ!」

「————調教?」

 あっしまった!、という感情を思いっき顔に出す朱翼。反射的に口を両手で抑えて目をまん丸く見開いる。

 ほむほむ、なるほど。この一連の流れを調教と言うのか…………!

「つまりミュゼちゃんを俺なしでは生きれない体に調教してやるーっということだな!」

 これは……俺の妄想力に火がつくぜっ!


 …………………………

『きゃぁっ! 輝様…………私、そんなことっされったら————……んぁん!』

『我慢なさいミュゼ。君は私に【調教】されるのだ! 良い曲を作る為にな。』

『っんぁああああんっ! どうしたんだろう私…………ご主人様の調教が気持ち良くて……そのぉう! もうっ、んあぁあああぁんっ! ご主人様なしじゃっ、んぁいいですわっ!

……生きていけないっ! ……あぁんっいいですわっ!』

『もっともっともっと…………ご主人様の調教で…………私をめちゃくちゃにして下さいまし……んぁあ——————————————————————————んっ!』

 …………………………


「ボカロって良いな!」

「……そうなるの分かってたからこの単語使うの頑張って避けてたのに!」

 懲りずにぶつぶつと後悔の念を口にする朱翼。だが頭を抱えて、

「お察しの通りボカロの声を自分の音楽に擦り合せて調整する作業の事を何故か調教と呼ぶのよ、この世界では」

「多分最初に言い始めた人は俺と同じ妄想をしてたんだな!」

「なんか強ち合ってそうでムカつく!」

 なんだか楽しい会話でした!


「っとまーざっとこんなとこかしら。MIDIキーボードでDAWに音符を打ち込んで、DAWでそれを編集。ボカロはボカロ専用のエディターで調教した後、DAWに入れてそれをミックスするの。これがボカロ曲が出来る迄の手順よっ」

「今さらりと調教後DAWに入れる事初出ししましたね!」

「あっ、言い忘れてたっけ?」

 ……いや、朱翼に「ドジ踏んじゃった♡」みたいなポーズ取られても俺の需要ゼロだから。てへっじゃねえよ。全然可愛くねーからやめろ。あ、いや、でもそう前屈みになると首筋から胸にかけてのラインが見えるからやっぱぐっじょぶ。

「ミュゼ内で調教したボーカル音源は音声データとして書き出しが出来るの。これをDAWに入れて伴奏の音とミックスするの」

「なるほど。音声データ、つまり録音した生音と同じ扱いにして取り込むのか」

「ま、そうね。ミックスの仕方は…………知りたい?」

 すると朱翼は苦虫をすりつぶした様な顔をした。

「ああ、そりゃ知りたいさ。……むしろなんでそんな顔すんだ?」

「……ミックスはもうめっちゃくちゃ奥が深くてね〜。終わりは無いし正解も無いの。だから私のやり方が全てじゃないし、勿論私も堂々と人に説明出来る程出来る自信ないし」

「まるで楽器の練習みたいだな」

「そう、正にそんな感じー」

 朱翼は体の力をどっと抜いた。それだけ一言二言で語れる話じゃないって事だろう。

 それでも何か決心すると口を開いた。

「まー何をする作業なのかってのだけ説明すると、それぞれの楽器が音になった時どういう風に聞こえて欲しいか調節する作業、それがMIXなの」

「どう、ねぇー」

 確かにそれだけ聞いても深そうだ。一朝一夕には習得出来そうにない。

「例えば、ギターをもっと前に出したいとか、低音がもっと欲しいとか、この楽器は右から聞こえて欲しい、みたいな」

「そんな事できるのか」

「えー勿論! 何でも出来るわよー」

 そういえば言われてみると右のスピーカーからだけ音が聞こえて来る様な事がCDを聞いてる時でもあった気がする。それはこのMIXの作業で調節していた、と云う事か。

「まぁ、直に説明出来る程簡単なもんじゃない事は分かったよ」

「そお? 良かった。申し訳ないけど私もこれは説明出来ないわ」

 朱翼は手をぶらつかせてお手上げ状態を表現した。


「ま、以上がボカロ曲が完成する迄の手順かしら。一応全部説明したと思う」

「お疲れ様ー二人とも!」

「長かったなーマジーで」

 皆一斉にぎゅーっと背伸びして肩の力を抜いた。色々あってかなり疲れた。

 ふー。俺は安堵の息をつく。

 めちゃくちゃ時間掛かったが朱翼のお陰でなんとかボカロ曲が完成する迄の手順が理解できた。これでやっと曲が書けるってもんだ。

 しっかしこいつ本当にボカロの事が大好きなんだな。今日一日のこいつの笑顔はいつものふてくされ顔より何百倍も輝いていた気がした。

 俺はそんな朱翼の顔を見つめて少しだけ微笑んだ。

「さんきゅーな、朱翼」

 一応礼儀としてそう言う。割と節目はきちんとしたいタイプだ。

 すると朱翼はびくっとして、

「なっ……、なによっ改まっちゃって…………」

 ……何故かおどおどし始める。いつもみたいにちっちゃな胸を張って感謝なさい!とか言えば良いのに可愛げが無いと言うかなんと言うか…………


 ——ブルルルル

 そんな時、突然携帯のバイブレーションが響いた。

 俺のでは…………ないぞ。それから二人の顔をちらりと確認する。

「あっ私だわ」

 お父様————その着信画面を見た朱翼は似合いもしない舌打ちをした。

 顔をしかめながらもその場で出ようとする朱翼に俺はツッコむ。

「おまっ……ここ一応店内だから…………せめて階段んとこ行ってこい」

「……、ごめん……ありがと」

 あれ、なんだろうこの判決前の被告人みたいな表情……。気にはなったのだが直に朱翼は小走りでその場を去った。

 今日は特に笑顔ばかり見ていたせいか、その時の表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。

「……父親からの電話で舌打ちとか…………あいつ父親と仲良く無いんですかね?」

 ちょっと気になってそんなことを芽衣先輩に聞いてみる。あるいは反抗期とか? 精神年齢低そうだからありそう。寧ろ反抗期がまだ来てないと言われてもふつーに信じる。

「……朱翼の家庭事情はちょっと複雑だから…………あんまり追求しないであげて」

「あっ……そうですよね、大人げなかったです。すみません」

 芽衣先輩は少し複雑そうに笑ってそう言った。芽衣先輩は朱翼の幼馴染みだ。家庭の内情も少しは知っているのかもしれない。いくら朱翼とは云え家庭事情を詮索するのは確かに良くなかったか。

 そういえば初めて会った日、部活を続ける事を父親に反対されていると聞いた。だから実績を出して認めさせたいとも。

 ……だとするとひょっとして今日こうやって部員と出かけているのも本当は両親は快く思っていなかったり…………? いや流石にそれは考え過ぎだろうか————……

 すると朱翼は鎖に繋がれた様な重い足取りでこちらへ戻ってきた。

 浮かない、曇ったガラスの様な表情。子供の様にはしゃぐ先程迄の彼女からは想像もできない程にどんよりした姿に流石の俺も割とマジで心配になった。

「朱翼、お前なんかあったの——————」

「ごっめん…………私、もう帰らないといけないの!」

 朱翼は俺の言葉を無視しててへっと笑い手を合わせた。

 ……なんだよ、その作り笑顔。バレバレだっつーんだよ。器用に笑顔作ったり建前言ったりなんて出来ない癖に、慣れない事で誤摩化しやがって…………

「あのなぁ、何か嫌な事あったんだったらちゃんと言えよ……。作り笑顔、バレバレだぞ」

 ぎぐっ!っと分かり易く怯える朱翼。そうだよ、こいつはこういう奴だよ。感情をすぐ表に出すガキンチョだ。

「な、なんでアンタに私の悩みなんか相談しないといけない訳っ!? ていうか、そもそも悩み事なんてないしっ! 私の事知らない癖になーに分かった気になって大人ぶっちゃってんのよ変態っ!!」

 ああ、これは図星でやけになっちゃってる朱翼だ。分かり易過ぎて最早笑えてくる。そんな俺の微笑を見て朱翼が更にいらついたのが分かった。

「輝くん————。」

 そんな俺を見た芽衣先輩はそう言って首を横に振った。そして彼女は目線で『これ以上追求しないであげて』と言うのだ。……そうだな、俺より芽衣先輩の方が朱翼について詳しい。彼女がそう言うなら俺は下がる事にした。

 すると今度は芽衣先輩が完璧な作り笑顔で朱翼に語りかけた。

「どーせ朱翼の事だからレッスン忘れてたーっとか言うんでしょー?」

「げっ! 芽衣…………何故それを!」

「何年アンタに付き合ってると思ってんのー?」

 芽衣先輩はくすっと笑って朱翼を茶化した。やけになってる朱翼を冗談でなだめたのだろう。やっぱ芽衣先輩は色々慣れてる。

「まっじゃあそういうことだから私先帰るわね。っていうか買い物終わったんだからアンタ達も二人でデートなんてしないでさっさと帰りなさいよー?」

 あっ…………そうじゃんっ!

 こいつ帰れば芽衣先輩と二人っきりじゃん! やったあ! ほらほら朱翼さっさとお家に帰れ! ふはははははは! これから芽衣先輩と都会の夜景を見ながら美味しいディナーでも……………………

「デートなんてしないよねぇー輝くん(威圧感)?」

 …………フラれた。多分副音声では輝くんとお出かけするとかマジだるいって言ってる! 怖い! 今日割と虐めちゃったしな。いやいや、俺も芽衣先輩と二人きりだったらもっとジェントル・マンに振る舞える自信——————…………

「にこっ(威圧感)」

 無理だぁあああああああああああああああああああ! 

 絶対芽衣先輩怒ってる! 俺氏・撃沈。

「じゃ、また明日。あっ、輝! 明日は部活来なさいよっ!」

 芽衣マジックによりすっかり機嫌を取り戻した朱翼は笑顔でここを後にした。

 そんな朱翼を見つめる芽衣先輩の瞳は、雨雲の様にくすんでいる気がした。

「芽衣、先輩……どうかしました?」

 心配になった俺は何となく声をかけてみる。

「えっ……ううん、別にどうもしないけど?」

 振り向いた芽衣先輩はいつも通りの可愛らしい笑顔でそう答えた。俺の察し違いか………… いや、違う——まさか………………っ!

「朱翼の前では誤摩化してああいったけど、本当は俺とデート————」

「さ、帰ろっか!」

「えー露骨に遮らないで下さいよー!」

「だって私この後BL買いに行くけど一緒に来るの?」

「うっ…………さ、流石に…………」

 それにおっぱい触っちゃった罪悪感もあるし…………。

 芽衣先輩は鼻歌混じりにスキップして階段に向かった。朱翼が下りたものと同じ階段へ————……


 そういえばどうせ帰るなら何で朱翼は途中迄俺達と一緒に電車に乗らなかったんだろう? 俺はその問題をちゃんと考えなかった事を後に後悔する。


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