第三章 変態×アキバ=奇想天外7
「んでこの階はなんなんだ?」
俺は不安気に朱翼にそう問いかけた。……というのも先程エレベーター内で本当に朱翼一人に任せて大丈夫か心配になった俺は「なあ、マジで朱翼に全部任せて大丈夫なの?」「心配無用よ! 大船に乗ったつもりでいなさい!」「……本当に大船なのかぁ?」「も、勿論よっ! タイタニック号くらいでっかいんだからっ!」「それ沈むじゃん!」という会話をしたからだ。正直今日のこいつはただ楽しく自分の趣味を布教する為はしゃぎ回っている様にしか見えない。
「——ってもうどっか行ったのかよ!?」
返事がねえなと思ったら奴は既に棚の森。マジでただの子供だぞあいつ。アレをみていると、実はどっかのB級SF映画みたいに中身だけどっかの幼女と入れ替わったんじゃないかとさえ思う。そーだそうさ、きっとそうさ! 本当の中身はスーパー清楚お嬢様なんだよ! 甘○リのラティファ様みたいな。
「…………そりゃぁねぇーか」
はぁ————。俺は大きく溜め息をついた。俺は疲れている。在りもしない幻想を思い描く程疲れている————雨音朱翼と云う女のせいで。
「なーにが?」
「めっ、芽衣先輩!?」
芽衣先輩は興味津々に目を踊らせ俺の前にすっと立っていた。
「……まさか俺の妄想先輩にバレてましたか?」
エスパー疑惑の芽衣先輩。ひょっとしたらさっきの俺の妄想も先輩には筒抜けだったりして………………
「——ん? 別にバレてないけど…………そう言われるとどんな事妄想してたのか気になっちゃうなー」
指を立てて可愛らしくそう言う芽衣先輩に俺はホレた。や、初見時からホレてはいるのだが……ホレ直したってやつだろうか、いやそれとも違いますね、はい。
「私はさっきっからカッコいい店員さんとのカップリング妄想してるよー! さっきの階のレジ打の人、絶対受けだよ」
「知らないですよ!」
最近出てなかったか芽衣先輩のBL属性忘れてた!
でも芽衣先輩はBL好きだったりコロッケ持ち歩いてたりと自分がちょっと人と変わっているせいか、俺のBP測定の話とかにも案外寛容だ。勿論俺自身はBP測定をちっとも気持ち悪いと思ってないし寧ろ素晴らしい考え方だと自負しているのだが、人から言わせるとキモいらしくいつもこの話をするとドン引きされる。だから普段は理由が無い限り他言しない隠れた趣味にしているのだが、芽衣先輩の前では堂々と喋れる。可愛くて、性格も良くて、何事にも寛容とは正に理想の美少女だ! マジ女神! ……しかしこう考えると尚の事変な趣味と変な癖が本当に玉に瑕でならないッ!
それから芽衣先輩は「で、輝くんのはどんな妄想だったの?」とせかしてくる。
「いや、俺の妄想はたいしたのじゃないですけど、朱翼は実はどっかのB級映画みたいに階段の端っこでぶつかって幼女と中身が————」
「あー! 輝くん!」
大きく目を見開いた驚き顔で俺の言葉を遮った。え、何があったのだろう? その表情は何か大切な事を思い出したようだった。次の言葉を少し緊張気味に待つ————……
「————コロッケ食べる?」
「コロッケかいっ!」
えいさえいさ、とカバンの中からほかほかコロッケを取り出す芽衣先輩に俺は苦笑した。「頂きます」と一言それを受け取る。うわっあったかい。どうでもいいけどなんでいつでも温かいんでしょうね。
コロッケ片手に楽器屋に入る訳にも行かず俺達はエレベーター近く、トイレの前のベンチに腰掛けた。朱翼は——まあほっといて大丈夫だろう。そもそも俺達の事なんか忘れて色々物色してるさ。
「朱翼の奴、ほんっと子供みたいですよねー。さっきから店内なのにはしゃいでばっかり! ったく高校生にもなって情けないと云うかなんと言うか…………」
「……輝くん、私と話す時いっつも朱翼の話題だね」
「————えっ?」
芽衣先輩は両手でしっかり持ったコロッケに視線を固定している。
…………そう言われてみると……そう、かもしれない? あれっ何でだろう…………芽衣先輩の事は大好きで朱翼の事はだいっきらいで……それなのにどうして?
「実は私の事より朱翼の事の方が好きなんじゃなーいの?」
芽衣先輩はいたずらっぽくつーんとしてそう言った。
「そ、それは絶対ないですよっ! 俺、外見も内面も完璧な女性の事しか美少女と呼ばないんで」
「——でも輝くん、今日のコロッケの味が前と違う事とか、話してくれないじゃん」
「あっ! ………………ゴメンナサイ」
な、な、なな、ななな…………
何で気付かなかったんだあああああああああああああああああああああああああああ!
前くれたのは前日の残り物のカレーで作ったカレーコロッケで、今日のコロッケは普通の男爵コロッケ! コロッケと云えば芽衣先輩の誇り! 俺で例える所のBP測定のようなもの! 変化が在れば気付いて欲しいのが乙女心! それなのに俺は—————ッ!
それを聞くや否や「ふーんだ」と一言、小さく息を吐いた。嫌われたかな……? でも嫉妬した様に脚をぶらぶらさせる芽衣先輩も可愛い。
「——朱翼もね、輝くんの話ばっかなの」
…………え? なにそれ? 俺は一度耳を疑って芽衣先輩を二度見した。
「またまたーそんな冗談を!」
「ほんとだよー! 輝くんが学校休んでる間も毎日毎日ずーっと輝くんの話しかしないんだからあの子! ひょっとして……私はお邪魔虫なのかなー?」
「なっ、何を言うんですか! 寧ろ芽衣先輩がいらっしゃらなかったら俺この部活辞めてますから!」
そうだそうだその通りだ! 俺がこうして休日をわざわざ割いて秋葉原の意味不明な楽器店に足を運んでいるのも全て芽衣先輩の(おっぱいの)ためだッ! 朱翼しかいなかったら俺はわざわざこんなこと————
「——可愛い女の子と好きな女の子は違うんじゃない?」
芽衣先輩は唐突に立ち上がりぽっ、とそんな言葉を発した。
「朱翼のこと、大事にしなかったら私————怒るから♡」
…………奥に何か恐ろしい物を秘めた奇々怪々な笑顔を最後に、芽衣先輩は機嫌良く颯爽と立ち去った。