第二章 変態×ボカロ=何それおいしいの?6
なるほど、大体このアホ女が考えている事とやりたい事は分かってきた。
——さて、そんじゃここらでガツンと言ってやるか。
「朱翼————お前さっき目標は最低でもチャンネル登録者数七十万人、と言ったな」
「え、あ、うん、言った」
「——馬鹿かよ?」
すると朱翼はぷんすか怒り眉間にしわ寄せ、
「はぁー? 何言ってんの!? 私はね、ちゃんとデータを分析してそれに基づいて————」
「四位のライディーンPの登録者は七十四万。七十万が目標じゃ勝てねえだろ。しかもこの数字は現時点で、だ。今年度の四天王Pが決定するのは来年三月。あと一年近くあればこの数字より増えるのは当然だ。
去年の今頃のささかまPの登録者数が何人だったか知ってるか? 丁度七十四万だ。ってことは現在四位のライディーンが来年の三月には登録者が百万人になってても何ら可笑しくないんだ。
つまり————正しい目標は百十万だ」
俺は唖然とする朱翼にそう言い聞かせた。
「……百十万人ってそれ……夢じゃない!」
「七十万人なら夢じゃないとでも言うのか? 三万人の現時点からすればそんなに変わらん」
「はぁ? 馬鹿はそっちでしょ!? 全然違うわよ! だって百十万人って今のささかまPより多いじゃない!」
「——朱翼ッ!」
芽衣先輩が珍しくフォルティッシモで朱翼の名前を呼んだ。
「今の輝くんの言ってた事は間違ってないでしょ? ちゃんと輝くんの話、聞いてあげようよ。今は彼に作曲を依頼してる状態なんだから」
……流石芽衣先輩。そうだ、この俺がノーギャラで曲を書いてやるなんて事滅多に無いんだからな!(お金以上のギャラを貰うけどね!)
朱翼も理屈ではそれを分かっていたようで渋々了承し「つ、続けなさいよ……」と小声で言った。
ふむ、では続けさせてもらおう。
「これを前提として考えた時、俺は幾つ再生回数を取れば人気動画を作ったって言えると思う?」
「……三万」
「ほう、その心は?」
「ささかまPさんの動画でトップクラスに再生されてると言えるのは大体百万再生以上。百万、つまりチャンネル登録者数と同じ数。……だから私達の目標は登録者数と同じ三万」
「へえそんな少なくていーんだー?」
俺は朱翼を小馬鹿にして挑発した。
むっとする朱翼。だが今度は何も言って来なかった。一応芽衣先輩の言いつけは守るのか。
「一応色々考えてるみたいだけど詰めが甘すぎる。そもそも上位Pと自分らを同じ土俵で考えるな」
「じゃ、じゃあ何万再生の動画作ればヒットだって言えるのよっ!」
「——十万だ」
突っかかって来た朱翼を突き放す様に——そう俺は言い放った。
「じゅ、十万再生…………!?」
「……アンタ十万って数字がどんだけのもんか分かって言ってんの? たった二週間で十万再生いく動画ってチャンネル登録者数五十万人クラスの大手チャンネルになってやっと出来るかどうかってとこよ?」
「ああそうだな、そんなもの分かってる。
だが、上位Pと俺たちを同じ土俵で考えるなってのはそういう事だ。
登録者百万のささかまが三百万再生の動画を作るのと登録者数三万のチャンネルで十万の動画作るのじゃぁ難易度が全然違う。……お前のおっぱいと芽衣先輩のおっぱいの大きさくらいな!」
「それ大して変わらないじゃない!」
朱翼が必死にツッコんで来た。
……やべ、続いて芽衣先輩に冷たく睨まれた。
この様子だとあれ以降、おっぱいの話は芽衣先輩の前では厳禁の様だ。
咳払いして話を元に戻す。
「加えて十万再生に達成すればほぼ確実に週刊ボカロ曲ランキングの上位五位以内にランクイン出来る。そうなればチャンネルの知名度も一気に上がる。
いいか、『八芸電研部P』のような中堅Pが上位に食い込むのに一番手っ取り早い方法はデカいヒット作を一本飛ばす事だ。今迄の八芸電研部Pはある程度のヒット作を何本か飛ばしてたみたいだけどそれは登録者数が安定して来てからやる事だ。目に留まる物を一本飛ばせば登録者数も増え、次回作も必ず目をつけてくれる様になる。まず優先すべきは一本の爆発的大ヒット————その基準がまずは十万再生!」
「そ、そんなの分かってるわよっ! 私達だって、好きで少ない再生数の動画をアップしてたわけじゃ…………」
「再生回数ってのは運じゃない——言ってみればその動画のレベルだ」
朱翼の投げた言葉を豪速球で返す。
いてっ!朱翼は俺の投げた言葉の球を衝撃いっぱい受けながらもキャッチしたようだ。
「三万再生の動画は三万再生取れる要素が、十万なら十万、百万なら百万の要素が入ってる。ただ人気の出る動画作ろうと思っても作れねーんだよ。大事なのは自分達が何万再生の動画を目指すかってことだ。それが定まってないとヒットはしない。」
俺は怒濤の如く更に言葉を紡ぐ。
「八芸電研部Pの最終目標は来年三月迄にチャンネル登録者数百十万、そして次の動画の再生数の目標は十万だ! ……本気で四天王P目指すんならまず目標を明確にしろ」
ついつい熱くなっちまった。
……こんなこと、ちょっと考えれば分かるだろうに。馬鹿の話し合いを見ているとこういうツッコミをしたくなるのが俺の性分だ。
ま、まぁそれに…………芽衣先輩のためにちょっとカッコいいとこ見せたかったし?
「……なんで…………」
朱翼は震えてる。おいおい、まさかまた泣くの————
「なんで、アンタはボカロの事昨日知ったばっかなのに……そんな事断言出来る訳!? 可笑しいじゃない!」
……なんとか今回は涙を懸命に堪えてそう言った。なんかちょっと感動。
しゃあない、その努力に免じて答えてやるか————……
「——お前さ、『浅く広く』の奴と『深く狭く』の奴、どっちが視野広いと思う?」
すると朱翼は頭に?を浮かべさも常識でしょ?と言うかの様にこう言った。
「そんなの浅く広くの方が視野は広いに決まってんじゃない。一つの事しか見てない人より、例えちょっとでも色んな物見てる人の方が視野は広いでしょ?」
「——それが『深く狭く』の奴なんだな」
予想通りの回答ありがとうございます!
朱翼ははぁ?、と云う声を上げ、芽衣先輩は相変わらず黙ったまま素直に俺の目を見つめた。
「芸術、スポーツ、経済、地理、科学、文学、数学…………全ての物事に根幹に存在する理念や理屈って案外同じなんだ。
強いスポーツ選手になる為の練習メニューと優れた演奏家になる為の練習メニュー。表現する媒体はスポーツと楽器で違っても重要な事はどちらも基礎練習や体力作り——案外似てたりするのはなんとなく分かるだろう?
それと同じだ。
つまり例え狭くてもその分野だけ極めてしまえば、何一つ勉強した事の無い他の分野でもその根幹がどうなってるかってのが見えて来るんだ。逆に広く浅い奴ってのはそのもの事の根幹を理解していないから、どの分野も所詮かじった程度の知識が残留するだけだ。
俺はクラシック音楽の作曲っていう一つの分野を極める事で『物事を極めるメソット』ってのは理解してる。それをただボカロでヒット作曲家になるにはってのに応用しただけさ。
今回の場合ささかまPら四天王Pの動画が何故ヒットしたのかを多方面から分析し、そして自分達の今居る場所とそこを結び——そこから導きだされた具体的な数字を提示したのがさっきのってことになる。扱う物は全く違えど、やってる事はクラシックの作曲賞で一位を取る手順と何ら変わりはないのさ」
朱翼はぽかーん、と俺の事を見ていた。
なんだよ、芽衣先輩のついでとは云え折角良い事言ってやったのに理解出来ねえのかコイツ?
すると朱翼はゆっくり口開いた。
「あんた——ただの変態じゃないのね……」
「むしろ今迄ただの変態だと思ってたのかよっ!!」
バカに馬鹿にされた! 何か腹立つ。
「だ、だってこんな女の子の容姿や内面を数値化してる様なきっもーいエロエロ魔人が……そんな真面目で頭良さそうな事言うと思わなくて…………」
お化け屋敷で本物のお化け見ちゃったかも……、みたいな表情でそんな事言いやがった。
「そう云うとこ見込んで俺に専属コンポーザー依頼したんじゃねえのかよ!」
「いや、お姉ちゃんに勧められて」
「何だよその私立小学校の志望動機みたいなの!」
私立小学校受験生の受験理由の九割が母親に勧められてだ(橘調べ)。