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――大変、申し訳ありませんでした。
土下座なんてドラマや漫画、そんな架空の出来事だと思っていたのに、今私は土下座をしている。腰を折っても許されることではないと分かっているからだ。いや、土下座をしても許してもらえるのかどうか…。
羞恥心は出てこない。湧き上がってくるものは、ただひたすら、不安と恐怖のみ。
目を閉じて地面に頭を擦りつけているので、相手の反応はいまいち分からない。混乱しているらしいことは確かだ。言葉にならない声が聞こえてくる。
しかも私にはわからない言葉で何やらぶつぶつと呟いているので、何を言っているのやらさっぱりだ。
やはりこの人は、扉をくぐってやってきた、外の世界の人なのだと痛感する。
世界はいくつもの世界があって、それぞれの間に道がある。
その道を通るためには、扉をくぐらなければいけない。もちろんこの扉とは、普段私たちの身の回りに存在する扉ではない。例を挙げるならば、木と木の間の隙間とか、洞窟とか。ザ・異世界の扉である。
そしてその扉を管理、支配するのが私たちの仕事だ。
異世界同士交流していた時代はあったのだが、相手側の世界に存在する「魔物」という獣とは言えないものがやってきてから、交流は途絶えてしまった。
今や扉とは、この世界にとって魔の存在。厳重に封鎖され、扉を使用することは重罪となった。
重罪にしなくても誰も使いたくはないのだが、まれにトチ狂ったやつがいるのだ。異世界に逃げる前に現実を見て欲しい。そして病院行って来い。
研究の発展やら新時代の幕開けのためにとか言ってて、魔物がやってきたことを覚えていないのか馬鹿者め。
そんな扉にかかっている鍵。こいつがまた脆いのである。どれくらいかといえば、乙女のハートなみとでも言っておこうか。これは友人談から引用させてもらったので、私が思い付いたのではない。
この鍵は二日に一回、必ず壊れる。そうなってしまったら修復は不可能。扉は勝手に開いて、その扉の管理者は罪を背負うことになる。
なので私たちは一日ごとに鍵を直す。新しい鍵にしろよと言う人もいるが、何を仰っているのやら。鍵って言っても、ガチャンとロックするタイプじゃないんです。鍵という物体は存在しないんですよ。
だからこそ気を抜くとこんなことが起きる。そう、今の私が直面している事態のようなことが。
「ほんっっとうにすみませんでした」
相手側の人が私の脇を持ち上げて無理矢理立ち上がらせたので、今度は腰を折って謝った。顔を上げると、本当に混乱しているらしい。全身全てを駆使してハテナを作り出している。フードで性別が分からないのも、こんなに困るものなんだね。対応とか、心の準備が出来ない。だってほら、殴られたりとかしそうで。
いやそんなことよりも、だ。今の私は大変崖っぷちである。
まず会話が成り立たないことが問題。そして扉が開いたことも問題。元の世界に返さなければならない問題。その他もろもろの問題。問題だらけではないか。くそっ! 昨日しっかり鍵を直したはずなのに!
ぎりっ、と歯ぎしりすると相手はびくりと体を震わせた。いや、別に怒っているわけでは……。
しかし、いくらなんでもビビりすぎではないだろうか。顔色が真っ青である。
今頃異世界にいるなんてことに気付いたわけじゃあ、ないですよね?
「――――――――!!」
何やらわけの分からないことを叫ぶと、相手はいきなり逃げ出した。
ちょっ、なんで!?
伸ばした手は行き場を無くし、大人しく下げられた。
相手側の視線の先、要するに私の後ろを見てみると、何も怖いことは無い。開いている扉という、重い現実がどっしりと腰を下げているだけだ。私は憂鬱な気分になった。頭が痛くなりそうだ。
さよなら、安定していた未来……。