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八尾の善狐  作者: マスカルポーネ
1章
7/35

-7-

 「こうちゃん・・・」

 「あ、え?これはね・・・えっと・・・」

 康太がどうしたものかと考えあぐねていると、眼前の奏は何も言わずに涙を零し始める。

 「え?あの、奏?」

 「・・・うん?」

 「泣いてるけど、大丈夫?」

 康太はいつもの奏なら大声の一つでも上げると予想していた。しかし、彼女の反応はとても静かなものであり思わず彼は彼女が泣いていることを指摘してしまう。そして、そう言われて初めて自分が泣いていることに気付いた彼女は顔をくしゃりと歪め、両手で顔を覆った。

 「泣い・・・て・・・なんか・・・無い・・・よ?」

 「そ、そうなんだ・・・?」

 奏が嘘を付いているのは明らかであった。だが、両手の隙間から見える奏の唇は小さく震えており、彼女が自身の心の堰を何らかの拍子で切れてしまうことを堪えているのが容易に見て取ることが出来た。

 「あー・・・えっと・・・んー・・・」

 幸せそうに寝ているシロを押しのけることも出来ず、かといって奏にかける言葉も見つけることのできずに康太が呻き声のような声を上げていると、朗らかな声が玄関から聞こえてくる。

 『ただいまー!康太、帰ってきてるのー?』

 焦ったままの康太はその声に考えなしに返事をしようとするも、声の主は玄関に入ってすぐに目に入った奏の姿を不思議に思ったのか彼の返事を待つこと無く、その横をすり抜けるようにしてリビングの中を窺った。

 「あら、奏ちゃん。なにしてるの?」

 「おかえり・・・母さん」

 「・・・ただいま、康太」

 新たな入場者、康太の母である八坂芳子やさか よしこは康太にそう返すと、リビングの様子と奏とを交互に何度も見る。

 「うんうん・・・」

 「あの、母さん・・・?」

 「言わなくてもわかってるわ。康太にも遂に春がきたのよね」

 芳子の出したあまりにも素っ頓狂な結論に康太が目を丸くしていると、彼女はハンドバッグから携帯電話を取り出した。

 「取り敢えず写真を・・・っと」

 シャッター音に気付いた奏が顔を上げる。目は赤く泣きはらし、手には涙がいっぱいに溜まっていた。

 「うん、こんな感じでいいかな。それにしても康太、いきなり修羅場は母さん早いと思うの」

 「そんなんじゃないってー!」

 写真がしっかりと撮れたことを確認すると、芳子は頬に右手をあてて諭すようにして言う。何処までもマイペースに物事を決める母に、康太は悲鳴のような情けない声を上げたのであった。

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