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正妃主導ハーレム ~わたくし欠けておりますので~

作者: 北見晶
掲載日:2026/03/09


「すまないリリヴェア、その……学園での一件はお前も知っていると思う。で、シュミーク王太子の婚約者を新たに決めることになったのだが、お前をという声があってな……」

「公衆の面前でシュミーク殿下にエレーラ様がゴウツァ帝国の第一皇子への鞍替えを宣言したことですね。わたくしも見ておりました」

 身を縮めるようにして声を絞り出す実父、レシュゴ・ナノーン伯爵に、娘リリヴェアは平らかな語調で告げた。

 

「それとも『帝国の第一皇子が殿下の婚約者を略奪した』でしょうか?」

 訂正してみたが、大筋は変わらない。さらに追記するなら、“見ていた”のではなく“意思に関わらず視界に入った”だが。



-ー一週間ほど前に、それは起きてしまった。 

 昼休み、伯爵令嬢は王立学園の食堂で昼食をとっていたのだが、離れたところにシュミークもいた。

 目が合ったところで軽く頭を下げてから、栄養摂取を再開したところに二人はやってきたのだ。


 豊かで鮮やかな金色の長い髪をなびかせたエレーラ・オウロイ公爵令嬢と、漆黒の髪と瞳を持つゾヴェンダ・ゴウツァが。

 お互い婚約者がいるにも関わらず、至近距離で。それどころか腕を組んでいた。

 

 第一皇子の留学は、国交に関わる重要事だとリリヴェアでもわかる。これは明らかにヒビが入っても当然の案件だ。

 どちらも貴族としての自覚を、それ以前に良識を欠いていると赤髪のリリヴェアは判じたが、伯爵令嬢の立場が意見を許されない。

 事の趨勢を見守るのみの彼女、無関心とばかりにパイの包み焼きを口に運んでいたら、動きがあった。


「シュミーク王子、エレーラは君の婚約者にしておくには実に勿体ない。輝くばかりの美貌と溢れんばかりの才能を兼ね備えた彼女は、神がワタシのために造り上げた魂の伴侶だ。彼女のためにできることを考えたらどうだね?」


-ーあなた方こそ自らの立場を考えて行動するべきではありませんか? 仮にも一国を統べる皇帝として冠を頂くのですから。


 いつもにも増して醒めた双眸で、リリヴェアは闖入者(ちんにゅうしゃ)二人を見つめる。他の令息令嬢も同じで、いや、幾分血の宿った色で帝国皇子と第一王子の婚約者に視線を固定しながら。


「確かにそれはあるかもしれませんが、ここでする話じゃないでしょう? 場所を改めて話を進めませんか?」


 流石ここハーデスロン第一王子の面目躍如と言ったところか、シュミークは柔らかな面差しで言葉を押し出した。茶髪に榛色(はしばみいろ)の瞳を持つ男は両手両足の指でも余るほど市井を歩き回っているが、当然ながら中身はそこらに転がっている輩とは一線を画する。


 むしろ相手を(おもんぱか)っての言動だが、二人には-ー特に金髪令嬢には通じなかった様子。


「確かに一理ありますわね」

 背を反らして顎を上げ、どう解釈しても見下している。本人に意図があるか定かでないが。


「まぁ、見世物にさせるのも悪いからな」

-ーそれはあなた方です。


 女が女なら男も男。のたうつミミズを彷彿とさせる唇の隙間から覗く歯は、ヤモリの卵より拝みたくなかった。ミミズもヤモリの卵も図鑑の挿し絵で知ったに過ぎないが。


 立場をわからせてやったとばかりのオーラを、肌という肌からほとばしらせながら、未来の皇帝夫婦は去っていく。


「……すまないな、わたしが至らぬばかりに皆に迷惑をかけて」

 最大の被害者が詫び、その場をあとにする。

 残された生徒たちは第一王子を気にかけながらも、所定の位置に鎮座するだけ。リリヴェアも同様であった。



-ー出来損ないの戯曲にも劣る愚行は、学園に一気に広がった。王家にとって幸いだったのは、シュミークを擁護する声が圧倒的に多かったことか。

 違約金を帝国側が払うことで、エレーラとゾヴェンダの婚約が認められたわけだが、さらに衝撃は続いた。

 エレーラの生家であるオウロイ公爵とその身内や関係者が帝国に移住したのだ。領地の引き継ぎなどをせずに。


 宙ぶらりんになった領地の半分は親戚筋にあたるヤーブ伯爵が治めることに決まり、残りは国に返された。ヤーブ伯爵なりの誠意であろう。中にはエメラルド鉱山もあったのだから。



「それにしても急な話ですね。おまけになぜわたくしなのですか? ナノーン伯爵家より高位の貴族はおりますのに」

 木片を打ち鳴らす音吐で問う娘を瞳に映し、父は己を鼓舞する如く大きく息を吸うと、

「お前の瞳とズバ抜けた魔力量だそうだ。聖女に匹敵する魔力を持つ者はお前しかいない。おまけに重瞳(ちょうどう)は神秘的で常人の相ではないからだそうだ」


 重瞳-ー

 そう、リリヴェアの持つ赤い眼は、両方とも虹彩の中に瞳孔が二つ存在する。貴族平民老若男女問わず二度見する域の、他の人間とは異なった顔貌だが、周りに恵まれた故差別も拒絶もされなかった。


 魔力云々は学園の入学式で行われた魔力測定の儀で、測定器を破壊してしまったのだが、後に凄まじい魔力量を内包していることが発覚した。とはいえ、リリヴェアにとっては“そうですか”ぐらいの認知であったが。

 

「なるほど……変に言葉を飾らないだけ納得がいきます。しかし言い訳になりますが、わたくしはできることしかできません。努力を怠るつもりはございませんが、すべての不可能を可能にはできません。ですが可能を可能にしたいとは思っています」


「お前がそう言うことはわかっていたが、それを承知しての頼みだ。土台もできていないところに放り込むのは無謀だと理解している。しかし断り切れなかった。許してくれ」

 レシュゴの眉尻は力なく下がっていた。


 自分が人間として異質だと、リリヴェアは悟っている。

 彼女を産んで三年後、流行り病で母モネアは命を落としたが、息を引き取ってもリリヴェアはしばらく気づかなかった。さらに、父や弔問客が涙を流していても娘は一滴も思いの雫をこぼさなかったし、モネアの遺体が墓に納められても、それ以上の感情を抱けなかった。


 母の死を悼めない娘-ー

 冷淡な子供が変わりに逝ってくれた方が、もしかしなくても父は楽になったのではないか? 

 以上の考えが頭に湧く一方、せっかく手に入れた生を無駄に捨てる気は毛頭ないが。


「お父様、お父様は何も悪くありません。王家がわたくしを望むならわたくしはそのように動くまでです。わたくしはわたくしなりに、国もそこに住まう皆様も大切と認識しておりますので。無論お父様も」

 言の葉を紡ぎ終えると、レシュゴは安堵の表情に変わった。

 一段落ついたのを、目視していたリリヴェアは実感するが、本番はこれから。

 父から託された願いを背負いながら、娘は決意を込めて首肯した。



 数日後-ー

 城内の一室で、リリヴェアはシュミークと顔合わせを行っていた。

 第一王子は笑顔を作っているが、陰りは隠せていない。本来なら心の傷を癒すための時間を必要とするが、状況と環境が許してくれないのだ。

 いくら元婚約者と帝国皇子に非があるとしても、口さがないのが人というもの。面白おかしく噂し、下手すると国家を揺るがせてしまう。


 それを防ぐための手段だとリリヴェアは認めている。茶髪王子と重瞳令嬢の婚約は。

 でも、致命的な欠陥が横たわっていた。

 リリヴェアがリリヴェアであり、それ以外の何者でもない現実が。

 だから、一つの案を探ってきた。


「シュミーク様、不躾を承知で申しますが、わたくし以外に側室や愛妾を作るのはいかがでしょう?」

 直後、シュミークは目を見開いた。すぐに平静を繕ったが。


「申し訳ありませんが、わたくしはあなた様を癒すことはできないと考えたのです。ただの休憩に付き合うことはできますが、真に心ゆるびの時を与えられるかどうか、自信がないのです。心に寄り添う努力が必要だと考えてはおりますし、歩み寄る姿勢を拒絶するつもりはないのですが」


「なぜそのような話を?」

 第一王子は真剣な眼差しで訊いてくる。馬鹿にした雰囲気はなく、こちらの意見から思いを読み取る佇まいが現れてきた。


「自分で言うのもなんですが、わたくしは人間として欠けております。国を守りまとめるのは重要だと理解しておりますし、民は大切だと心にとどめてはおりますが、情は通っておりません。国を統べるお方の伴侶として恥ずかしくない教育は受ける覚悟がありますが、思いやりを育める自信がないのです。それに特定の派閥に力が偏る危険性もありますし、何より子供が多い方が跡継ぎの問題も減るでしょう」


「理屈としては成り立っているが……」

 眉を寄せてシュミークは思案する。


「-ーああ、わたくしはお飾りでも構いませんよ。“正妃”を“国王陛下の愛を受ける伴侶”ではなく、“国王陛下を支える役職”だと解釈しておりますので」

「それは困る! わたしはそなたを伴侶にするに当たって愛も育んでいきたいと思っているんだ!」 


 成る程-ーと、リリヴェアは判じる。

 シュミークは“思い”を軽んじない人間だと。

 ならば……


「わかりました。わたくしは欠けておりますがゆえあなた様の望む絆を育めるか自信はありませんが、あなた様の信念は尊敬しております。今わたくしは心から婚約を望み、あなた様と共に歩みたいと決意いたしました。至らぬわたくしでございますが、どうか末長くお願いいたします」


 王命として受け入れるだけでない。一人の女としてもシュミークを支える己が魂から沸き上がる覚悟を宿し、リリヴェアはカーテシーを象ってみせた。



 側妃や愛妾を第一王子に持たせたいと提案した伯爵令嬢に、国王と王妃は瞠目して発言者を凝視していた。


「お恥ずかしながらわたくしだけの力ではシュミーク様を癒せませんし、もしわたくしの子供が常世に旅立っても、側妃や愛妾の子供がいれば跡継ぎの心配もないでしょう」

 淡々とリリヴェアは主張した。


「つまり……エレーラ嬢に一人では勝てないと思っているのか?」

 国王は呻きに似た風情で言葉を舌に乗せた。


「確かにわたくしはエレーラ様より頭が悪いかもしれませんが、あの人に勝とうとは思っておりません。重要なのは王妃としてシュミーク様と共に歩み、国民の幸せのために尽くせるかではないでしょうか? 民は王族の奴隷ではありませんから」

 リリヴェアは意見を迷いなく口舌で紡いだ。


「……彼女は幼い頃から神童(しんどう)と名高かったからな。息子をこう評価するのもなんだが、凡庸(ぼんよう)としたシュミークの足りない部分を補ってくれると信じていたんだ」

 未来の(しゅうと)は唇を小屋根型にする。口角から矜持(きょうじ)がこぼれ落ちて見えた。


「ええ本当に。あの子を引っ張ってくれると思っていたのに」

 未来の(しゅうとめ)(かんばせ)をうつむかせた。


「-ー失礼を承知で申し上げますが、凡庸の何がいけないのでしょうか? あの方は自らを顧みて物事を考えることができます。国を思い愛を抱く姿勢に感銘を受けて、わたくしは共に歩む決意をしたのですから」


 重瞳令嬢は婚約者の両親を真正面から見据える。


 国王陛下はリリヴェアの視線を真っ向から捕らえた。


「リリヴェア嬢、お主の提案を受けても構わないが、側妃たちのフォローはしてくれるのだろうな? 作らせるだけ作らせて後は放置なんて体たらくに陥ったら、下手をすれば国家転覆に繋がりかねないぞ」

「ご安心ください。シュミーク様と側妃さらに愛妾の潤滑油になると約束しましょう」


 重々しく約定を唱える伯爵令嬢に、王妃は気遣わしげな眼差しを送り、

「信じていいのね」

 その目は母親の質。

「はい、もちろんです」

 芯を宿し、リリヴェアは一礼した。



 そして二ヶ月後-ー貴族平民自薦他薦さらに勧誘問わず、厳正な審査の結果、側妃二人愛妾一人が選ばれた。


 側妃は一人目は騎士団長を兄に持つカロラノ・ウェゼッテル。

 二人目は薬学の権威とまで呼ばれるアージャ博士の愛弟子で、男爵位を所持しているリャンナ・ルゥ。

 愛妾は、農民から商人に転向し、平民でありながら一代で王都の子爵に匹敵する財を保有するほどに成長した、ニニィ家の娘ファンドゥーラ・ニニィ。


 王城の庭に設えたガゼボの下で、リリヴェア主催の茶会が開かれる。シュミークの側妃たちと愛妾を歓迎したものだ。彼女たちが選ばれたお祝いでもある。


「ところで質問したいのですが、本当に私たちを側妃や愛妾として迎えてもよいのですか? 普通夫であり陛下の愛を独り占めしたいと思うのでは?」

 オレンジブロンドをショートカットにしたカロラノが訊いてくる。

 短く切った髪は貴族では珍しいが、剣術の才を誇り、人々に害をなす魔獣を数多く(ほふ)ってきた強者だ。戦乙女の声も名高く、年頃となった現在は他国からも釣書が引っ切りなしに届いたとのこと。


「その辺に限らずわたくしは人間として欠けております。ですがそのようなわたくしと絆を育んでいきたいと言ってくださったあの方に報いるため、さらに国を支えるためにあなた方のご協力を得たいと考えまして、このような形をとらせていただきました。カロラノ様、あなた様はシュミーク様だけでなく国民を守る盾となってもらいたいと思っておりますので、どうかよろしくお願いします」

 リリヴェアは淀みなく長口上を述べた。


「任せてください。ウェゼッテル家の名においてシュミーク様を全力で守りますし、兄に負けないくらいの騎士も育て上げてみせますから!」

 オレンジブロンド乙女は白い歯を見せて宣言した。


「ああああのあのあの……わたわたわたわたしもせせせ精一杯努力します、すすす!」

 分厚いレンズのメガネをかけたリャンナが、どもりながらも意気込みを見せる。人付き合いは不得手だそうだが、薬剤の知識と作成術は舌を巻く程。半死半生だった冒険者が彼女の作成したポーションを飲んだ結果、即座に完全回復したという逸話がある。

 その功績を称えられ、平民の身で子爵位を賜るところだったが、男爵位にとどめてもらったそうだ。高すぎる爵位は分不相応だからだとか。


「リャンナ様、落ち着いてください。わたくしはあなた様を害するつもりはございません。同胞(はらから)となる方が欠けては計画が破綻しますから。あなた様の主張にわたくしは思ったのです。これが慈愛かと。“あまりにも高い身分は却って怖いですが、側妃となって薬学を少しでも多くの人に学んでもらい、人を助ける手段を広め、わたし自身も薬剤を作成することでたくさんの人を助けたい”。わたくしはそのようなことを思えませんし、薬学の才能もありません。ですがその土台を固めていきたいと考えております」


 リャンナの口が小さな逆三角形を作る。転瞬、ボート型に変わった。


「あ、ありがとうございます」

 メガネ少女は頭を下げた。


「-ーあの、言っちゃあなんですけど、あたし……じゃない、ワタシもがんばるつもりですけど、学や頭は期待しないでくださいね。まぁ、そんなもの期待してないでしょうけど」

 他の二人より砕けた口調で単語を連ね、球さながらに放ったのはファンドゥーラである。この中で一番背は低いが胸は大きく、緑を帯びた髪は綿より柔らかそうだ。


「安心してください。国王陛下があなた様に向いている教師をつけてくれますから。そしてあなた様には商人の娘として培った人と接する力や流行を見定める瞳を生かしてもらいます。貴族社会でしか生きたことのないわたくしは、市井の民の間で何が起きているのか、もしくは起きようとしているか考えることも難しいので。それに新たな流行を産み出すことで、新たな価値観を産み出し、国をよき方向に導けるとも信じておりますので」


「な~るほど、つまりアハハウフフ笑って三食昼寝つきってのは無理ってことですね。受けて立ちます。平民のやり方を見せてやりますよ!」


 必要事項を述べたリリヴェアに、商人女子は挑戦的な目つきで断言してみせた。さらに不敵に笑い、

「……しかしお貴族様もたいへんですね。“王子様から婚約者を奪った帝国の愚劣皇子と鞍替えした勘違い令嬢に自らの行いを思い知らせてあげましょう”を旗印として出せないなんて」


「その必要はありません。わたくしたちにとって重要なのは、シュミーク様、そして国を支えることでございます。もちろん宰相や側近、他の方々の力もお借りしますが」

 リリヴェアは平坦な語り口で言辞を並べると、一堂を、何より己を景気づける如く両眼で上向きの、唇で下向きの弧を形成し、


「では、お互い頑張りましょう」

「「「はい!!」」」


 正妃の号令に、二側妃一愛妾は高らかに答えた。



 三年後-ー

 即位したシュミーク新国王の戴冠式と同日、結婚式が行われた。

 

 一夫一妻が当然だと無意識の内に浸透されている王族、しかも国王が正妃だけでなく側妃二人愛妾一人を持つ事態は異例中の異例。

 もちろんここまでの日々を漫然と過ごすこともなく、必要な教育を受け、貴族院や元老院や騎士団などにも根回しをしておいた。それだけでなく炊き出しや清掃等の奉仕活動や音楽家や画家などへの積極的な融資など、硬軟取りそろえた市民へのアピールも忘れずに。

 余談になるが、ゴミ箱を利用した投票箱から市民の意見を聞くこともあった。例えば『あなたはパンは固い方と柔らかい方、どちらが好きですか?』と書かれたゴミ箱には『固い方』『柔らかい方』それぞれに穴がつけられ、票数がわかる仕組みだ。なお、投票箱のアイディアは愛妾ファンドゥーラが産み出したもので、しっかりと広めておいた。

「一人が何個もゴミを入れるかもしれませんが、そこはゴミのポイ捨て抑制に繋がるでしょうし、不具合出ればその都度変えればいいんですよ」

 愛嬌たっぷりに、リリヴェアにできない面差しでファンドゥーラは言ってみせた。


 それぞれがそれぞれ戦う日々、正妃側妃愛妾は互いに手紙を送りあって結束を強めていたが、何よりも力を発揮したのはシュミークの文である。

 それまではエレーラへの劣等感-ー彼女がつついていたがゆえにだが-ーで萎縮していたが、正妃を含め四人の女性を娶る決意を固めたことで、一層国王教育に気合いを入れ、勉学剣術共に励むようになった。


 リリヴェアは生来の魔力量を生かし、国内を巡っては痩せた土地にめいっぱい魔力を送り込んでいたが、リャンナから待ったがかかった。

 魔力を込めた土地では作物がたくさん採れるが、それは一過性のものにすぎない。必要なのは知恵だと。

 

 同じ頃、カロラノが指導する騎士の卵たちのため、魔力を込めた剣を提供しようとしたら、止められた。

 オンブに抱っこになっては困るから、と。


 リリヴェアはどちらにも首肯せざるを得なかった。だが、そうなると己が財産は無駄になってしまう。

 悩む伴侶のもとに、シュミークは自ら足を運んで告げた。


 民を信じるのも正妃の勤めだと。


 その言葉は重瞳令嬢の腑に落ちた。


 同時に気づいた。自分が積極的に動かないと、国民は何もできないと傲慢な考えに囚われていた事実に。

 霧が開けた風情で、リリヴェアは王妃教育に取り組めるようになった。


 各々が気を配った甲斐があり、目立った不平不満は見られないし聞こえない。

 だが、別の方向に気になる動きはあった。


 ゴウツァ帝国でだ。


 なんでもゾヴェンダ第一皇子は、このように皇帝陛下に告げたのだとか。

 自分が皇位を継いだ暁にはエレーラを正妃に据える、と。こともあろうに、婚約者であるサネジョッタ・ヴェーデアン公爵令嬢を差し置いて。


 サネジョッタは皇城に泊まり込みで、皇妃教育を受けていた。にもかかわらず、他国の令嬢に正妃の座を明け渡せと命じられたのだ。

 まして、それが他国の王子から略奪した人物ならば、婚約者すげ替えでは済まされない。


 あまりにもあまりな仕打ちを越え、自分どころか帝国全土を揺るがす愚行に走ったゾヴェンダ。頭が冷えに冷えたサネジョッタは彼との婚約を解消し、帰郷した。


 ヴェーデアン公爵ダザバゴは皇帝陛下に書状を送りつけた。ヴェーデアン公爵領は帝国から独立し、ヴェーデアン公国を立ち上げると。

 彼の声に呼応した貴族もあり、帝国は領土を三分の二まで減らしてしまった。それだけでなく、新国に流れる元帝国民の数もバカにならないとか。


 以上の流れで、ハーデスロン王国には凋落している方からも、勢いを増している方からも、書状が届いている。

 どちらにつくかで、民の、国の運命が決まると唱えても過言にあらず。


 だが……

 緻密な刺繍を施された婚礼衣装に身を包んだ重瞳令嬢は、周りに視線を巡らせる。

 威厳を纏ったシュミークと、花の顏を浮かべて共に歩くカロラノ、リャンナ、ファンドゥーラに。


-ー今は皆様と一緒にシュミーク様と結婚できる喜びにひたりましょう。



 ハーデスロン国王シュミークは、ヴェーデアン公国への援助を選んだ。醜聞をネタにするのが売りの赤新聞には『フラれた腹いせ』の文字が躍っていたが、王族への揺らぎはほとんどない。過去の婚約者簒奪(さんだつ)事件にも言及していたが、むしろ国王の英断を讃える結果に至った。


 夫と共に、帝国に見切りをつけた移民の受け入れに精励(せいれい)する毎日。場所や仕事を提供するだけならばリリヴェアにもできるが、精神的支柱の改築や疲労回復、心へのゆとりを持たせることは、カロラノやリャンナやファンドゥーラがいなければなし得なかったと正妃は実感している。


 新たなる国民とそれまでの国民との確執はあるだろうが、山場を一つ越えて一段落しているところに、事件は起きた。


 城の裏庭から不審者が王城に侵入を図ったのだ。

 相手を拘束した衛兵によると、次のように話した。


 すぐさま人影を捕らえたのだが、違和感を覚えた。

 確かに薄汚れてはいるが、容姿に見覚えがあったので。

 彼女の名乗りで、合点がいったそうだ。


 自分はシュミークの“本来”の婚約者、エレーラだと。


 取調官が訊いても黙秘を貫くばかり。シュミークが顔を見せれば……と導き、彼は元婚約者を収監した牢に向かった。貴族牢ではない、平民用の牢に。

 ちなみに魔道具で執務室にいた重瞳正妃にも、その様子は中継された。所用で城から離れている二側妃一愛妾には、録画してあとで観せる意向だ。


 国一番の権力者となった元婚約者を目の当たりにしたとたん、エレーラは早口でまくし立てた。


 王国では神童と呼ばれていたが、所詮“王国”で。皇帝陛下の伴侶となるには著しく劣っており、拷問の域にまで達した教育を押しつけられる羽目に陥った。しかも、サネジョッタを追い出したアバズレよばわりされ、針の(むしろ)状態。


 おまけに、留学生として王国を訪れていたときには、輝いて見えたゾヴェンダ。だが、フタを開けてみればプライドばかり高く、周りを無能扱いするだけのお山の大将。

 関係も冷えきっていたところに、主要貴族の大半がヴェーデアン公国に流れてしまった。

 このままでは危ない-ー


 以上の経緯を経て、かつての故郷を頼ってきたのだそうだ。


 さらにこうものたまった。


 シュミークが側妃や愛妾を得るのを聞いて、ゾヴェンダは居丈高な文章を羅列した復縁の手紙をサネジョッタに送った。そればかりではなく、見目や才能に秀でたと評判の令嬢たちに誘いをかけたのだとか。

 彼いわく「あんな無能に側妃や愛妾がいるのだから、ワタシが持つのは当然だ」

 

 ……無論、婉曲的に断られたが。

 

 だとしてもそのような考えにさせたアナタが悪いから、責任とってワタクシと結婚しなさい-ー


 魔法をかけられた猿にしか思えない発言を聞き終えたシュミークは、エレーラを貴族牢に移すよう衛兵に命じてから、牢を離れた。



「……エレーラ様もエレーラ様ですが、ゾヴェンダ様もゾヴェンダ様ですね。陛下が側妃や愛妾を得たのは、わたくしでは陛下を癒すことができない故の、いわば苦肉の策でしたのに」

 作業を終えたシュミークに、リリヴェアは手ずから淹れた紅茶を差し出した。

 

 エレーラの引き渡しは済んでないが、一週間足らずで身元は帝国に戻される。そこを故郷に選んだのだから。

 

 世間の一部では、シュミークが色だけを求めてハーレムを作ったと穿った見方をしているようだが、しっかり役割分担はしてあるし、むしろリリヴェアが主導している。


「リリー、頼むから今は“ミーク”と呼んでくれないか?」

 その口調は“国王陛下”ではなく“夫”。


「わかりました、ミーク」

“妻”の顔を無理に作るでもなく、ほぐれた心を音吐に入れた。 



 










 

  







 

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