プロローグ
何らかの陰謀や策略を疑ってしまう、そんな暑さの7月24日。湘南の地にそびえ立つその高校は夏休みを迎えようとしていた。
夏休み前の最後の授業はホームルームに近いもので、担任の教師が夏休みの過ごし方について口うるさく、少し過剰なくらいに釘を刺す。
海というものがいかに雄大で危険なものであるかということを、こと細やかに冗長に、同世代の中高生が起こした、海での失敗談のようなものを交えながら説明するところから始まり、立て続けにインターネットで知り合った人とリアルで出会うことの危険性やら長期休暇中の学習計画の立て方などについて、去年どころか中学の頃、はたまた小学生の頃にもにも聞いたような気がする内容をこちらに向けてくる。
つまるところ、「夏休みだからといって調子に乗って、問題を起こすな。」というわけだ。
勿論、そんなことを言われなくても分かっている──。と言いたいところだが、放課後の予定を考えると調子に乗らざるをえない。
──デートに誘われてしまった。それも物凄く可愛い女の子に。
齢十六歳にしてようやく春が来た。生まれてこのかたガールフレンドどころか、友達もそこまで多くない自分に女の子と仲良くなるチャンスがやってきたのだ。
調子に乗るなというほうが無理がある。が、テンションを上げすぎて引かれてしまうようなことがあったら仕方がない。なので一度、冷静になって今の状況について整理してみようと思う。
『楠上真』僕の名前だ。年齢は16歳で生年月日は2004年の1月24日で早生まれ。性別は男で一人称は僕。趣味はネットサーフィンで休日の過ごし方は──
──しまった。女の子にデートに誘われるなどという、今までにないイベントを前についテンションが上がって自己紹介のようなことをしてしまった。
僕のことはどうでもいい。そんなことよりも今真っ先に考えないといけないのは、放課後のデートについてだ。
絶対に失敗しないように、相手のことを振り返ってみよう。
『七瀬野々花』一年後輩の女の子。綺麗な黒髪ロングに整いつつも、年相応の柔らかさがある非常に可愛らしい、アイドルのような顔立ち。その美貌から多くの人を惹きつけその人気は校内どころか他校の生徒にも及ぶという。
そういうこともあり彼女にアタックする者は後を絶たないのだが、デートはおろか会話にすらこぎつけないのが殆どで、その玉砕率の高さからもはやアタックすることすらを躊躇わせる次元にまで到達している。
────あれ?なんかおかしくないか?
一度冷静になって彼女のプロフィールを振り返ってみたが、考えれば考えるほどデートに誘われた理由が分からない。
自分でいうのも悲しいが、僕はどちらかというとモテない側の人間である。先程も述べたが生まれてこのかたガールフレンドのガの字もない人生を送ってきた。
それに、魅力になるものなどは全く持ち合わせていない。成績は常にド平均で部活動にも属していないし、特技という特技もない。
というかよくよく考えてみると、彼女もとい『七瀬野々花』との接点が全く無い。噂が絶えないこともあり名前くらいは聞いていたが、アタックしようという気持ちは一切湧かなかったし、そもそも学年が違うので今日に至るまで姿を見たことすらなかった。
今朝、校門の前で声をかけられて自己紹介を済ませるまで、彼女が『七瀬野々花』であることに気がつかなかったくらいには彼女のことを知らなかった。
一応、一目惚れという線もあるが、前述の通りモテる要素など持ち合わせていないので、その線も非常に信じがたい。
──いやまあ、深く考えすぎなのかもしれない。人の好みなど千差万別なのだから、僕のことをカッコいいと感じる娘がいても何も不思議なことでは無いだろう。イカンイカン、女の子との接点が無さすぎて変に勘ぐってしまった。
難しいことは考えずに今はデートのことを考えなければ──そう思うのもつかの間、授業が終わり、夏休みの始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。




