第九話 それぞれの戦い⑥
山陽地方―。
ボスッ バスッ
隆景の指先から次々と光の槍が弾け飛び、空気を裂く。
「ぐっ……」
行長は火傷の激痛をこらえ、転がるように槍を避けた。
隆景は一歩、また一歩と間合いを詰めながら槍を放ち続ける。
地面に刺さった光の槍が、ジリジリと空気を焼く。
細い光の柱となった槍が、行長の逃げ道を奪っていく。
やがて行長の退路が完全に閉ざされた。
隆景は足を止め、口を開いた。
「逃げ回っても、無駄じゃ」
その瞳は冷ややかに細められ、視線だけで獲物を縫いとめる。
「仲間は全滅し、おぬしは重傷。それに先ほどの光と音――じきにここへ援軍が押し寄せるじゃろう」
隆景の声は冷ややかだった。
「暗殺は、失敗じゃな」
行長は薄く笑い、焦げた唇をわずかに動かした。
「……大丈夫や。やっと1つ、踏みよったからな。」
「……?なんのことじゃ……」
問いかけた瞬間――
――ブシュッ!!
乾いた金属音とともに、肉の裂ける音が響いた。隆景の足元で何かが爆ぜ、彼女の足首に巻きついた鉄のワイヤーが深々と食い込む。
――罠だ。
「……さっきからあちこちへ飛び回っていたかと思えば……これが狙いじゃったか。」
行長が片腕を押さえながらゆっくりと歩み寄る。足音は乾いた土を踏みしめるたびに、隆景の胸に重く響いた。
隆景はそれでも冷静を保ち、顔を上げた。
「なんの……動きを封じたぐらいで……!」
だがその声は力なく、かすれていた。体を支えようと膝を立て、なんとか立ち上がろうとするが――
「っ……く……」
隆景の視界がゆらぐ。膝に力が入らず、地面が傾いたように感じる。次の瞬間、膝から崩れ落ち、地面に手をついた。
視線を下げると、足に巻きついたワイヤーには無数の小さな刃が並び、肉をえぐるように深く食い込んでいた。血はすでに止まりかけ、代わりに足全体が青白く変色していく。
「……しまった。毒か」
なんと冷酷、忌むべき罠。武士とは思えない戦術……。
悔しさと侮蔑の表情を浮かべ、唇を噛み、歯を食いしばる隆景。
「気の毒やが、もう助からん。」
行長が隆景の目前に迫り、そのまま額に短銃を当てる。
「……しまいや。」
そのとき――
「……フフフッ、アハハハハッ!」
突如、隆景が肩を震わせて笑い出す。
その笑いは、弱々しくもどこか嘲るような響きを含んでいた。
行長は目を細め、銃を構えたまま問いかける。
「……なにがおかしい?」
次の瞬間だった。
隆景の姿が、水面に小石を投げたように揺らめき、その輪郭が崩れていく。そして――そこにいたのは、隆景ではなかった。
現れたのは、白い装束に身を包んだ、隆景と背丈が良く似た女……。
「しまった……! 影武者かっ!」
行長が一歩後ずさると同時に、周囲の帳がバサリと落ちる。
四方から、無数の銃口が突き出された。火縄銃で武装した毛利兵が行長を取り囲む。
すでに照準はすべて――行長ただ一人を狙っている。
「……チッ」
行長は舌打ちをする。
風が、どこかひんやりと行長の肌を撫でた。
獲物を仕留めるつもりだった狩人が、逆に罠に追い込まれた――その構図が、今まさに完成しようとしていた。
宇喜多家本陣―。
「……隆景にしてやられたか。」
直家は低く吐き捨てる。
普段なら決して崩れぬ冷徹な面持ちに、今は隠しきれぬ焦りがにじんでいた。
軍議の場に漂う空気も、わずかにざわつきを帯びる。
「行長を撤退させる。遠藤兄弟を援護へ走らせろ!」
直家の声は鋭く、机を叩き割るほどの緊迫感を帯びていた。
「ハッ!」
伝令が駆け出し、砂を蹴り上げる。
直家は拳を握りしめ、立ち上がる。
「小早川隊に隆景はいない!さっさと蹴散らして毛利軍本隊へ向かうぞ!」
「ハハァッ!」
周囲の家臣達も一斉に立ち上がった。
直家は奥歯を強く噛みしめ、拳を膝の上で固く握った。
「……すまぬ、官兵衛。やつは――そちらにいる。」
その声は低く、誰に聞かせるでもなく、まるで自分を責めるように吐き出された。




