第九話 それぞれの戦い①
山陰地方―。
「退屈な戦ゆえ、さっさと大将の首を取って終わろうと思ってな。」
「そうあなどられても困る!」
善助は叫び、両の足に力を込めて地を蹴る。次の瞬間、全身の筋肉を躍動させ、渾身の力を刀にのせて振り下ろした。
鋭く放たれたその一閃は、空気を裂くようにして元春の眉間を狙う。しかし――
「フン・・・。」
元春はわずかに口元を歪め、余裕の笑みを浮かべたまま、手にした長槍を滑らせるように動かす。その動きは柳のように滑らかで、なおかつ無駄が一切なかった。槍の柄で善助の斬撃を受け流し、その反動を利用して切っ先を素早く跳ね上げ、善助の喉元へと突きを放つ。
「ぐう……っ!」
キイイイーーンッ!!
鉄と鉄がぶつかり合う音が、空気を震わせるように響く。喉元すれすれで間一髪、善助はとっさに刀を返し、槍の突きを受け止めた。だがその衝撃は凄まじく、刃を通じて胃の底まで突き上げられるような痛みが走る。思わず歯を食いしばり、足を滑らせながらもなんとか踏みとどまった。
元春の槍が再び旋回し、刃が風を切って音を立てる。
ブウンッ!
薙ぎ払われる軌道が善助の首筋をかすめた瞬間、彼女は身をひるがえし、上体を低く沈めてかわす。
善助の髪が数本裂け、風に舞う。
(動き続けなければ……止まればやられる!)
刀と槍が幾度となくぶつかり、そのたびに金属音と火花が空に弾けた。元春の突き、薙ぎ払いのすべてが的確で、しかも重い。受けるたびに善助の両腕が痺れ、握力が奪われていく。
元春の力をまともに受ければ、到底かなわない。
右へ、左へ、滑るように足をさばき、目を離さず槍の軌道を読み続ける。
火花を散らしながらの打ち合いが数十度続いた。
善助は必死に元春の攻撃を防ぐが、相手の剛力の前に徐々に押し負けていく。
じわじわと距離を詰められ、逃げ場を失っていく。
「しぶといやつよ……これではどうだ!」
低く唸るように言い放つと、吉川元春は腰を落として気合を込めた。
「ハッ!!」
その一声とともに、大地を蹴る音が鋭く響き、彼の腕がしなる。
鋭く突き出された槍――しかし、それは一本ではない。まるで幻影のように、幾筋もの槍が同時に善助へと襲いかかった。
「――っ!」
見る者の目を欺くような速度と重さ。磨き抜かれた技と鍛錬の結晶が、元春の全身から放たれていた。
槍の穂先は空気を切り裂き、残像を引く。嵐のような連撃が、寸分の隙も与えず善助へ迫る。
「くっ……!」
ギンギンッ!!ギンギンギンギンッッ!!
善助は咄嗟に身を翻し、突き出される槍の連撃を刀で受け止める。
だが、その速さは想像を超えていた。
しかも、ただ速いだけではない――
一撃、一撃の槍がズシリと重い―。まるで雷鳴をそのまま力に変えたような衝撃が、刀を握る善助の手から腕へ、体の芯へと次々に走る。
ブシュッ ズシュッ
かろうじて防いだ槍の刃がかすめ、善助の細く白い四肢に無数の赤い線が走り、潜血が飛び散る。
(防ぎきれない……!)
限界がすぐそこまで迫っていた。善助は歯を食いしばり、土煙を巻き上げながら一気に後方へ跳んだ。
だが、その程度の距離でこの男の攻撃から逃れられるはずがない。
元春の槍は容赦なく、休むことなく襲いかかってくる。着地する善助を狙う、再び迫る殺気と鋭い突き。
「スウー…ッ」
一瞬の隙に、善助は即座に息を吸い、刀の刃先で宙に円を描いた。その動きは、まるで舞のように滑らかで美しい。
――水障壁――
静かに描かれたその円の内側から、突如として水流が渦を巻いて現れた。
次の瞬間には、その渦が濁流へと変わり、重く、速く、空間を満たしていく。
あらゆる物を飲み込む凄まじい濁流の力――それが、たった人の手が描いた小さな円に封じられていた。
「うぬうっ!!」
濁流が生んだ圧倒的な力に、槍の穂先がぶつかると、鈍く重い音を立てて弾き返された。
元春の剛力と濁流の力に挟まれ、鋼鉄製の槍が折れんばかりに大きくしなる。
その反動に、元春の体が数歩、後ずさる。
「……面白い技を使う!」
目を見開き、にやりと笑う元春。
だが、西国随一の猛将である彼にとって、それは驚きではなく、あくまで「興味深い」程度のものだった。
善助の技は見事だったが、それでもなお彼の歩みを止めるには至らない。
元春は構え直す。
次の瞬間、その手に握られた槍が青白い光を帯び始め、バチバチと音を立てて激しく放電した。
空気が震え、髪が逆立つような気配が満ちていく。
「雷の念術――雷光!!」
その一声とともに、元春の身体が閃光のごとく弾けた。
足元の地面を砕きながら、まるで地を這う雷そのもののような速さで突進する。
槍の穂先が濁流の壁へと突き刺さる――
バアアアアン―ッ!!
激しい破裂音が轟き、水流の壁が四方八方に飛び散った。
水しぶきが爆風のように弾け、視界が一瞬、白く霞む。
だが――その水飛沫の背後にいたはずの善助の姿が、そこにはなかった。
元春が目を細め、わずかに顔を動かす。周囲を素早く確認した刹那――
見つけた。
思ったよりも近い位置。自身の左手側、死角から回り込んだ善助が、膝を曲げ、姿勢を低く保ち、すでに刀を鞘に納めて構えていた。
「ハアー・・・ッ」
今度は大きく息を吐く善助。
手に持つ刀の柄には水流が宿り、善助の息に同期するように渦巻いている。
水の念術――水月――
鞘から抜かれたその一閃は、音もなく、しかし確かな破壊の意志をもって放たれた。
水のように滑らかで、月光のように鋭い斬撃。その刃には、時に岩をも砕く水流の力が宿されていた。
「ぐっ!」
元春はすかさず槍を構え、突き出す。だが、すでに善助の剣閃はそこにあった。次の瞬間、金属が裂ける高い音が鳴り響く。
元春は身をひるがえし、素早く後方へと跳んだ。同時に、彼の槍が真っ二つに斬り裂かれ、片方が宙を舞う。
「……。」
元春は真っ二つになった槍を見つめる。
言葉を飲み込みながら、その鋭い視線をゆっくりと善助へ向ける。
敵ながら見事な一撃――。しかし、その剣の主の膝が、ゆるりと地に着いた。
「はあ……はあ……。」
善助の肩が大きく上下する。全身の筋肉が限界を迎え、息も絶え絶えだ。
最後の力を振り絞って放った一閃。まさに命を懸けた一撃だったのだろう。
すでに刀を振るう力も、立ち上がる気力も尽きかけていた――。




