第八話 毛利の両川⑤
山陽地方―。
陽炎が揺れる戦場の空気は、張り詰めた静けさの中にも、戦の熱を孕んでいた。
遠くからは鬨の声や鉄のぶつかり合う音が響いてくるが、小早川隊の本陣周辺だけは異様なまでに静まり返っていた。
小早川隆景が冷静な目で戦場を見渡す。
(わが軍が五千。敵は四千。光の念術を使った奇襲は見破られたが、もとより戦力はこちらが上。このまま宇喜多軍をせん滅してくれよう)
「正面から押し切り、宇喜多本隊をせん滅するのじゃ。」
冷徹かつ落ち着いた声が、周囲の武将たちに命令を下す。
部下たちは一斉に頭を下げ、指示を受けて散っていった。
その時——
「ん……?」
隆景は一瞬、微かに擦れる草の奥から出る殺気を感じ取った。
彼女は無駄な動きをせず、静かに右手を上げる。
「――光障壁。」
パアンッ! パアンッ―!
澄んだ音が響いた瞬間、隆景の側方にまばゆい光をまとった透明な壁が展開される。
それと同時に、草むらから放たれた二発の銃弾が、目に見えぬ障壁に弾かれ、虚しく地面へと落ちた。
隆景は目を細め、静かに息を吐いた。
「……相変わらずじゃな、宇喜多殿」
声に含まれるのは、驚きではなく、むしろ呆れたような響きだった。
その言葉が終わるや否や、茂みや影の中からフードで顔を覆い隠した異国風の衣をまとった者たちが現れる。
彼らは瞬く間に隆景を囲い、獲物を狩るかのように構えた。
短剣や短弓、投げナイフを手にし、息を殺して間合いを計る。
隆景のすぐ傍に控えていた数人の護衛兵たちは、気づかぬ間に首筋を裂かれ、あるいは心臓を貫かれ、微かな呻きすら発する暇もなく倒れていた。
その死体には争った痕もなく、暗殺者たちの技量がただならぬものであることを示していた。
「・・・ッ!」
カァンッ!
鋭い金属音が、沈黙を裂いた。
背後から放たれた投げナイフが、隆景の後頭部を狙って飛来した。
だが、彼女はそれを寸前で察知し、手にした鉄扇を素早く振り上げることで弾き返した。
帳の奥、揺れる影の中から、さらにもう一人の暗殺者が現れた。
その男は、他の刺客たちとは明らかに雰囲気が異なっていた。
フードを脱ぎ捨て、顔を隠そうともしない。むしろ、その表情を見せつけるかのように、堂々と歩を進める。
鋭い眼光に、わずかに口角を吊り上げた薄笑い。
瞳には迷いがなく、狙った獲物を確実に仕留める者だけが持つ静かな殺意が宿っている。
男は、隆景から距離をとった位置で足を止め、わずかに首を傾けるようにして言葉を発した。
「合戦なんて不経済な事するより、お前1人を倒せば済むことや。」
暗殺部隊の長――小西行長は、視線を逸らさずに隆景を見据えたまま、ゆっくりと片足を引き、体の重心を落とす。
「……行くで」
行長の声とともに暗殺者達が一斉に武器を構えた。
隆景は周囲を一瞥し、微かに笑みを浮かべた。
「この隆景を暗殺で仕留めようなどと……あなどられたものじゃ……。」




