第八話 毛利の両川④
中部、赤松家本陣
桜は官兵衛の傍らで空を見上げていた。
「……私たち、勝てるかな?」
桜の呟きに、官兵衛はしばし沈黙し、それから静かに答えた。
「我らが動けぬ以上、あとは皆を信じるしかありませぬ。」
桜はそっと拳を握りしめる。
(みんな、お願い……死なないで……。)
山陰地方―。
戦場には濃い砂埃が立ちこめ、視界はぼやけ、敵味方の区別さえ困難になっていた。陽光はその靄に遮られ、青い空も鈍くくすんで見える。
兵たちは、互いの姿が見えぬ中でも本能で敵を察知し、叫び声と金属音を頼りに、己の武器を振るい続けていた。怒号、悲鳴、刀と槍が交錯する音が渦巻き、まさに地獄の様相。
そしてその混沌の中、次第に吉川隊の猛攻が激しさを増していく。まるで一枚岩のような隊列。個々の力だけでなく、練度と結束の高さが如実に現れ、善助の率いる部隊はじわじわと押しやられていた。
善助は息を切らせながら、刀を構え直してつぶやく。
「……さすが吉川隊。兵も手ごわい……まさかこれほどとは……。」
その時だった。
「お前が大将か。」
低く響く声。空気が一瞬止まったような錯覚。
「!!」
善助は咄嗟に身をひるがえし、砂塵の帳の中へ目を凝らす。
その瞬間――。
白煙の向こうから、まるで閃光のような速さで槍が突き出された。あまりの速度に、目で追うより先に本能が反応する。善助は即座に刀を振り上げ、その一撃を受け止める。
ーーガキイイイインッ!!ーー
甲高い金属音があたりに響きわたり、まるで空気が震えたかのように、近くの兵たちも一瞬動きを止めた。
「くっ……!」
衝撃は想像を超えていた。腕から全身へ、痺れるような痛みが走る。善助の体が勢いよく後方へ吹き飛ばされ、馬上から放り出されて土の上を転げ回った。
体に走る痛みを堪えながら、善助はすぐさま膝をついて起き上がる。だが――。
すでに敵は目の前にいた。
身長は190cmを超え、彫刻のように鍛え抜かれた肉体が鎧の隙間から垣間見える。胸と腕の筋肉はまるで岩のように固く隆起し、その存在感だけで周囲の空気が重くなる。
髪は後ろにまとめられ、眉は鋭く、目の奥には冷たい炎が宿っている。その顔立ちは深く彫られ、鬼神の如き威容を放つ。声を発せずとも、その名は火を見るより明らかだった。
(――吉川元春。)
善助の額から冷たい汗が滴る。
「退屈な戦ゆえ、さっさと大将の首を取って終わろうと思ってな。」
不敵な笑みを浮かべながら、元春は槍の穂先をゆっくりと善助へ向ける。
善助はわずかに口元を引き結び、刀を構え直す。強敵。否、これまでにない“化物”と相対している。




