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赤松天翔物語①  作者: 姫笠
第二章 西国の覇者

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第七話 丹波の温泉街③

カコーンッ。


 静寂に包まれた湯殿に、木の桶が縁に当たる乾いた音が響く。

 ぼんやりと揺らめく湯けむりの向こうに、かすかに灯る明かりが霞んで見えた。

 温かな湯に満たされた浴場は、しっとりと湿気を帯び、肌を優しく包み込んでいる。

 周囲は竹垣が編まれ、その奥には岩肌、木々が生え、神秘的な雰囲気をかもしだす。

「生き返りますな、殿。」

 湯船の端でくつろぎながら、善助がほぅっと息を吐き、満足そうに目を細める。

「そうだねー。ここ数日は長旅に幽霊調査、妖怪退治で疲れちゃったよ。」

 桜はのんびりと湯に肩まで浸かりながら、空を仰ぎ見た。

 湯気が立ち昇り、体の芯まで温まっていく。

 湯の香りが鼻をくすぐり、疲労がじわじわと溶けていくようだった。

 その時、竹垣で仕切られた横の男湯の方から、突然どたばたと足音が響いてきた。

 ドスドスドスッ!

 又兵衛の大声が湯けむり越しに響く。

「ぎゃはははははっ!」

 続いて友信の野太い声。

「だあああ、うんだ!」

 善助の鋭い叱声が飛ぶ。

「又兵衛!友信!走るでない!他の客に迷惑であろう!」

 しばしの沈黙――。

 シーン……

 横の男湯の騒がしさは、ぴたりと止んだ。

 小さくため息をつく善助を見て、全登がくすくすと笑う。

 しばらく湯に身を委ねていた桜は、ふと横目で隣を見る。

「……全登ちゃん、意外と大きいね?」

「? 何がでしょう、桜殿?」

 その言葉に、全登がきょとんとした顔を向けた。

「じー……」

「……!」

 視線の意味に気づいた瞬間、全登の顔がみるみるうちに赤く染まった。

 彼女は慌てて湯の中へ肩まで沈み込む。




「……神よ、ふしだらな私を許したまえ……エイメン。」

 目をぎゅっと閉じながら、全登は湯の中でそっと十字を切る。

 その仕草はあまりにも真剣で、かえって桜の笑いを誘った。

 湯の表面が小さく波打ち、柔らかな光がきらきらと反射する。

「……丹波の牛乳は、乳の成長に良いと聞いたことがあります。」

 善助がぽつりと呟く。

「え、ほんと?」

 桜が驚いたように目を丸くする。

「はい。以前丹波へ放った間者が申しておりました。」

「じゃあ買いに行こうかな。」

「行かれるのでしたら、お供しますよ。」

「ありがとう、善助!」

 桜がぱっと顔を輝かせる。

 そんな彼女の様子を見て、善助も小さく微笑んだ。

「……!」

 善助は女湯の向こう、桜の背後に何かの気配を感じ、反射的に手にした桶を投げつけた。

「う”ああああっ!」

 又兵衛の苦悶の声とともに、桶が頭に命中したらしく、派手な水音が響く。

 善助は腕を組み、すっと鼻を鳴らした。

「ふん……。修行が足りん」

 桜はぽかんと口を開けながら、心の中でつぶやいた。

(……何の修行だろう)


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