第七話 丹波の温泉街③
カコーンッ。
静寂に包まれた湯殿に、木の桶が縁に当たる乾いた音が響く。
ぼんやりと揺らめく湯けむりの向こうに、かすかに灯る明かりが霞んで見えた。
温かな湯に満たされた浴場は、しっとりと湿気を帯び、肌を優しく包み込んでいる。
周囲は竹垣が編まれ、その奥には岩肌、木々が生え、神秘的な雰囲気をかもしだす。
「生き返りますな、殿。」
湯船の端でくつろぎながら、善助がほぅっと息を吐き、満足そうに目を細める。
「そうだねー。ここ数日は長旅に幽霊調査、妖怪退治で疲れちゃったよ。」
桜はのんびりと湯に肩まで浸かりながら、空を仰ぎ見た。
湯気が立ち昇り、体の芯まで温まっていく。
湯の香りが鼻をくすぐり、疲労がじわじわと溶けていくようだった。
その時、竹垣で仕切られた横の男湯の方から、突然どたばたと足音が響いてきた。
ドスドスドスッ!
又兵衛の大声が湯けむり越しに響く。
「ぎゃはははははっ!」
続いて友信の野太い声。
「だあああ、うんだ!」
善助の鋭い叱声が飛ぶ。
「又兵衛!友信!走るでない!他の客に迷惑であろう!」
しばしの沈黙――。
シーン……
横の男湯の騒がしさは、ぴたりと止んだ。
小さくため息をつく善助を見て、全登がくすくすと笑う。
しばらく湯に身を委ねていた桜は、ふと横目で隣を見る。
「……全登ちゃん、意外と大きいね?」
「? 何がでしょう、桜殿?」
その言葉に、全登がきょとんとした顔を向けた。
「じー……」
「……!」
視線の意味に気づいた瞬間、全登の顔がみるみるうちに赤く染まった。
彼女は慌てて湯の中へ肩まで沈み込む。
「……神よ、ふしだらな私を許したまえ……エイメン。」
目をぎゅっと閉じながら、全登は湯の中でそっと十字を切る。
その仕草はあまりにも真剣で、かえって桜の笑いを誘った。
湯の表面が小さく波打ち、柔らかな光がきらきらと反射する。
「……丹波の牛乳は、乳の成長に良いと聞いたことがあります。」
善助がぽつりと呟く。
「え、ほんと?」
桜が驚いたように目を丸くする。
「はい。以前丹波へ放った間者が申しておりました。」
「じゃあ買いに行こうかな。」
「行かれるのでしたら、お供しますよ。」
「ありがとう、善助!」
桜がぱっと顔を輝かせる。
そんな彼女の様子を見て、善助も小さく微笑んだ。
「……!」
善助は女湯の向こう、桜の背後に何かの気配を感じ、反射的に手にした桶を投げつけた。
「う”ああああっ!」
又兵衛の苦悶の声とともに、桶が頭に命中したらしく、派手な水音が響く。
善助は腕を組み、すっと鼻を鳴らした。
「ふん……。修行が足りん」
桜はぽかんと口を開けながら、心の中でつぶやいた。
(……何の修行だろう)




