第七話 丹波の温泉街②
店先であれこれと品を見てまわるうちに、時間が経つのも忘れるほどだった。一人ひとりが宝探しのように買い物を楽しみ、いつの間にか手には紙袋や風呂敷包みがいくつも抱えられていた。
やがて、彼女らは道の脇にある足湯に集まり、ようやく一息ついた。湯はほんのりと熱く、じんわりと足元から体を温めてくれる。ほのかに硫黄の香りが漂い、湯気がふわりと立ちのぼる。
桜たちは湯の縁に腰かけながら、それぞれの膝元に広げた買い物袋から、思い思いの品を取り出しては見せ合っていた。桜は湯の中で足をぱちゃぱちゃと動かしながら、全登の手元を指さす。
「全登ちゃん、それかわいい!」
桜の視線の先には、小ぶりで落ち着いた色合いの革細工の鞄があった。
「革細工の小物入れだそうです。かわいいので、かっちゃいました。」
全登は照れながらも嬉しそうに微笑み、そっと鞄の表面をなでた。細かい彫刻模様が施されており、手仕事の温かみが感じられる。
全登の鞄を眺める桜の目が輝く。が、視線が又兵衛の手元に移ると、その輝きがスッと失われた。
「又兵衛……それなに?」
桜の問いに、又兵衛は得意げな笑みを浮かべ、勢いよく立ち上がると、手にしていた長い得物を天に向かって掲げた。
「なにって、木刀だよ木刀。かっこいいだろ!」
木刀には赤や金、青といったカラフルかつ派手な装飾が施され、柄には豪快な龍の絵が巻かれていた。その存在感は抜群だが……ちょっとダサい。
「……う、うん。かっこいいね……」
桜は曖昧な笑顔を浮かべ、そっと視線を逸らした。
善助も呆れながら又兵衛をたしなめる。
「帰路も長いというのに、大荷物を作りよって……ん?」
善助の視線の先には、友信が座っている。彼の傍らには、色とりどりの酒瓶がずらりと並んでいる。
どれも各地の名酒で、ラベルには「丹波の地酒」「但馬の秘酒」などと銘打たれていた。
「友信……それ、どうするつもりだ?」
善助が指をさして尋ねると、友信はあわてて酒瓶を大切そうに抱きかかえた。
「んだあ……ちゃんともってかえるだあ。」
その真剣な表情には、並々ならぬ覚悟がにじんでいる。
「まったく……」
呆れる善助の様子を見て、全登がくすくすと笑い声を漏らした。
「大丈夫ですよ。私の馬にも積んであげます。」
その優しい申し出に、友信は感動のあまり目を潤ませる。
「だあ……天使様だあ……」
温泉街の朝は、こうして笑顔と賑やかな声に包まれながら始まっていた。
そこへ――
店主が威勢よく声を張り上げる。
「カニー! 新鮮なカニだよー! なんと今なら、食べ放題だよー!」
桜の目がまんまるに見開かれる。
「カニ……!?」
全登も思わず息を呑んだ。
「なんと……」
善助の身体がぴたりと止まった。
目を大きく見開き、信じがたいものを見たかのように口元を押さえる。
「ばかな……食べ放題だと……?」
又兵衛がきょとんと首をかしげる。
「……どうしたんだ? 三人とも」
善助はゆっくりと振り向き、決意を込めた目で振り返る。
「……行きましょう」
桜もすぐに力強く頷く。
「うん!」
やがて腰を下ろしたカニ料理屋の座敷には、豪華な料理がずらりと並んだ。
カニの刺身、香ばしく焼かれた足、湯気を立てるカニ汁、濃厚なカニみそ。
どれもめったに口にできぬ逸品ばかりで、机の上は赤と白の彩りに満ちていた。
女性陣三人は言葉少なに、ただ黙々と箸を進める。
殻を割る音、汁をすする音だけが静かに響く。
「おいおい」又兵衛が苦笑混じりに言った。
「みんな無口になっちまって……よっぽどカニが好きなんだな!」
善助は殻を器用に割りながら、真顔のまま答える。
「もぐもぐ……お前達、カニなんてめったに食べられないんだからな。心して味わえ」
「へいへい」又兵衛は肩をすくめる。
「でもよ、カニって殻があって食べにくいし、めんどくさいんだよな」
「んだんだ」友信も箸を置いて同意した。
「米みたいに、ががっと食べれる物のほうが食べ応えがあるだよ」
善助は額に手を当てて、深いため息をついた。
「はあー……これだから男は」
「すいませーん、白米大盛で!」又兵衛が元気よく店員に声をかける。
「こら!」善助がぴしゃりと叱る。
「米を食べる余裕があるなら、カニを食べろ!」
桜と全登は顔を見合わせ、口元を押さえながら思わず吹き出した。
温泉街の昼は、笑い声とカニの香りで包まれていった。




