第七話 丹波の温泉街①
山名家本拠―此隅城、当主の間。
一行は城での一夜を明かし、再び当主の間に姿を見せた。
障子越しに差し込む朝日は柔らかく、昨夜の緊迫した空気とは打って変わって室内を温かな光で包んでいる。
畳の上には香の残り香がほのかに漂い、どこか清らかな気配すら感じられた。
「これはこれは! 桜殿、皆さま。よく眠れましたかな?」
にこやかに両手を広げて迎える祐豊。昨日までのやつれ切った表情はそこにはなく、まるで別人のように晴れやかな顔つきであった。
血色も戻り、その目には生気が宿っている。妖怪の呪縛から解かれた解放感が、言葉の端々からにじみ出ていた。
「山名のおっさん、ちっと枕が柔らかすぎだぜ」
ぼりぼりと頭をかきながらぼやく又兵衛。
「こら、又兵衛!」
すかさず善助の鋭い突っ込みが飛ぶ。まるで姉のようだ。
「そうですか? 私は少し硬いと思いましたが」
静かに意見を述べる全登。その真面目な口調に、場が思わず和む。
「はっはっは! 枕の好みは人それぞれ故、どうか御容赦くだされ。」
大らかに笑い飛ばす祐豊。他愛のない会話を挟みつつ、皆も自然と肩の力を抜いて腰を下ろしていく。
「全登。お前、南蛮の枕と比べてねえ?」
「そうですが、何か?」
「あれはそもそも置く場所が違ってだな……」
桜の背後では、すでに好みの枕論争が繰り広げられている。
「昨日の妖怪討伐、まことにお見事でございました! この丹波において、未来永劫語り継がれることでしょうな!」
妙に張り切った声色に、桜は思わず眉をひそめた。やけにテンションが高い。
「え、うん……。領民のみんなも一緒に戦ってくれたんだよ」
「そうでございました、そうでございました! 協力してくれた皆もまた、大いにねぎらわねばなりませぬな!」
「そうしてあげてね。」
にっこり笑う桜の言葉に祐豊は深くうなずき、手を打つように声を弾ませた。
「そうだ! 実はこの丹波には、古くから有名な温泉街がございましてな。播磨へお戻りになる前に、ぜひお立ち寄りくだされ! 旅の疲れもきっと癒えましょうぞ!」
「そうか、ここには温泉街が……」
ふと遠い目をしてつぶやく桜。その声音には、どこか懐かしさが混じっていた。
冷静を装う善助の目もどこか輝いている。
「殿、せっかくですし、立ち寄りましょう。みなの疲れも癒せます。」
「……うん! 行こう!」
その瞬間、隣で腕を組んでいた友信が鼻をひくつかせ、ガバリと顔を上げた。
「んほおーー!」
温泉街と聞いただけで、そこに漂うであろう酒の香りを敏感に嗅ぎ取ったらしい。
善助が額に手をあてて、呆れたようにため息をつく。
「酒はほどほどだぞ、友信。また腹踊りなど始められてはかなわん。」
「……んほお……」
妙に抑えきれない声を漏らしながら、友信は肩を揺らした。
朝日がゆっくりと昇り、温泉街の屋根瓦をやわらかな光が照らし出す。遠くで鶏の鳴き声が聞こえ、川のせせらぎが静かに響いていた。
「おおー!」
温泉街に到着した一行から、思わず感嘆の声が漏れる。その声は早朝の澄んだ空気の中に、爽やかに溶け込んでいった。
川沿いには、風に揺れる柳の木がずらりと並び、その合間に風情ある石灯籠がぽつぽつと配置されている。道の両側には、古風な木造の宿や、趣ある店が軒を連ねていた。
どこか懐かしさを感じるその風景に、一行は思わず立ち止まり、深く息を吸い込んだ。湯けむりがところどころから立ち昇り、朝の光と混ざり合って、幻想的な空気を作り出していた。
「ふわふわの温泉饅頭だよー!」
「あつあつの温泉卵はいかがー!」
あちこちから店主たちの元気の良い呼びかけが聞こえる。朝早くから活気に満ちており、町全体が目を覚ましていく様子が心地よい。
あらゆる誘惑が並ぶ通りを前にして、お菓子、小物、酒……それぞれの興味を引く品に目を奪われた5人は、まるで子どものように目を輝かせて駆け出していった。善助は真剣な目で湯のみを吟味し、友信は地酒の棚を前に腕を組んで唸っている。全登は繊細な細工のアクセサリーに目を細め、桜はきらびやかな布を手に取ってはうっとりと眺めた。そして又兵衛は……木刀売り場でテンションが最高潮に達していた。




