第六話 丹波の妖怪⑧
山名家本拠―此隅城、当主の間。
灯された燭台が壁に揺らめき、張りつめた空気が部屋を支配していた。
畳に手を突き、山名祐豊は床に頭を擦りつけるようにして深々と平伏している。背は小刻みに震え、額には冷や汗が浮かんでいた。
「どうか、どうかおゆるしを……! 妖怪どもに脅されていたのです。やつらに命じられ、赤松殿ご一行を屋敷におびき寄せるようにと……」
その声はかすれ、必死に訴えるほどに哀れさが増していた。
「やつらは赤松殿ご一行を始末したのち、あなた方の播磨の国をも乗っ取る手筈でございました……!」
又兵衛がドンと槍の石突を畳に突き立て、眉をつり上げる。
「やいやい! 俺たち、本当に死ぬところだったんだからな!」
憤怒の声が広間に響き、空気がさらに重くなる。
全登は眉を寄せ、胸の前で十字を切った。
「なんと愚かな……アーメン」
その静かな祈りの言葉が、かえって冷ややかに響いた。
「おゆるしを……おゆるしを……」
祐豊はうわ言のように繰り返し、なおも頭を床に押し付けている。震える肩は嗚咽を隠せず、畳に落ちる雫が涙であることを物語っていた。
「はーっ……」
腕を組んだ善助が、苛立ちを抑え込むように深いため息を吐く。
「……殿、どうされますか?」
広間の視線が一斉に桜へと注がれる。桜は一瞬まぶたを伏せ、唇を結んだ。やがて静かに口を開く。
「……たしかに、私たちを騙したのは許せない。けど……」
彼女の瞳は揺るぎなく、真っすぐに祐豊を見据えていた。
「山名さんも妖怪に脅されて、どうしようもなかったと思うの。それに……」
桜の脳裏に、あの夜―祐豊が生贄の話をしたときの、悲しみに歪んだ表情が浮かぶ。
「領民を思う気持ちは本物だと思った。だから――」
その言葉と共に、桜はそっと一歩近づき、ためらいなく祐豊へ手を差し伸べた。
「今度は一緒に、妖怪に負けない国を作っていこう。ね?」
その手は温かく、静かに祐豊の前へ差し出される。
祐豊は顔を上げた。涙で濡れた目に映るのは、少女の凛とした姿。
彼は震える両手で桜の手を取り、声をあげて泣いた。
「ハハアッ! 必ずや! 必ずや!」
その叫びは、悔恨と決意を込めた誓いそのものだった。
祐豊は涙を流しながら何度もうなずき、桜の手を力強く握りしめた。




