第六話 丹波の妖怪⑦
3体の妖怪から光が解き放たれようとした、その時――
――バサッ!
老人の妖怪の頭上に、重たい網が音を立てて覆いかぶさる。
「な……!」
続けざまに、別の妖怪たちにも網が投げ込まれ、絡みつくように覆い尽くした。
「な、なにいっ!?」
「おらあっ!一斉につかまえろーっ!!」
漁民たちが血走った眼で叫び、槍先に縄をかけて次々と投げ込む。
「新しい領主様を助けるんだ!」
「負けるな!押さえろ!」
町民や農民まで、声を震わせながらも必死に走り寄り、手にした網や槍を妖怪に投げかける。
ブシュッ ブシュッ
妖怪達の皮膚に無数の槍が突き立つ。
「縄がかかったぞ!さあ引け!」
「せーのっ!せーのっ!」
妖怪達の声が空気を震わせる。
「き、貴様ら、なにをしているかわかっているのか!」
「ここにいるやつら……あとで全員喰い殺してやるぞ!」
「ひいいっ!」
足をすくませる者もいた。だが、それでも誰一人引かない。
「もう妖怪たちの言いなりになるのは御免だ!」
「領主様!どうか、こいつらを退治してください!」
領民たちは恐怖に震えながらも、必死に網を引き、縄を締め上げようとする。
その光景を目にした善助の胸に希望の光が差し込む。
(3体の妖怪が同時に絡め取られた……!今しかない!)
「又兵衛、友信!縄で3体を一緒に締め上げよ!」
善助が叫ぶ。
「よしきた!」
又兵衛が槍を背に投げ、領民が用意してきた縄をつかむ。
「だあっ!」
友信もまた縄の端をひっつかみ、地を蹴った。
二人はまるで獲物を追い立てる猟犬のように駆け、縄を引き絞りながら3体の妖怪の周囲をぐるぐると駆け巡る。
「うおおおおっ!」
「逃がすかよっ!」
縄がぎしぎしと音を立てて妖怪たちの顔を締め上げ、巨体が嫌がるように軋んだ。
みるみるうちに三つの顔が寄せ集められ、ひと塊に絡め取られていく。
「殿!火です!」
善助が振り返り、声を張った。
「松明を、やつらに投げ込んでください!」
「うん、わかった!」
桜は大きくうなずき、庭園に立つ燃え盛る松明棒を握りしめた。
「こしゃくなああ!こんな細い縄や網など――!」
ブチッ、ブチブチブチッ!!
妖怪の一体が力を込めた瞬間、縄が悲鳴のように千切れ始めた。
「いけない!」
とっさに全登は自由を奪われた妖怪の懐に飛び込むと、その巨大な両目を剣で切り裂いた。
「ぐわあああああっ!!」
耳をつんざく悲鳴が響き渡る。視力を奪われた妖怪は怒りと痛みに狂い、巨体を振り回しながら屋敷の柱を砕き、庭園を転げまわる。
「はあっ!」
善助が渾身の力で燃え盛る松明を投げ放つ。その軌跡が炎の尾を引き、妖怪の身体に叩きつけられた。
「えいっ!」
すぐさま桜も、両手で松明棒ごと抱え込むようにして放り投げる。
――ガラガラガラッ!!
火花が四散し、炎が妖怪の絡め取られた身体を舐めるように広がる。
「あちちちちっ!あちいっ!!あぢいいいいいっ!!」
だがその皮膚は鱗のごとく硬く、火は弾かれ、燃え移ってもじわじわとしか広がらない。炎の勢いは足りず、妖怪たちはなおも暴れ、網や縄を引き裂かんと暴れ狂う。
それを見た領民たちも一斉に行動を起こす。
「火だ!松明を投げこめーっ!!」
「油ももってこい!」
領民たちが一斉に走り、手にした松明や、周辺から取ってきた油壺や火のついた薪を次々と投げ込む。炎が燃料を得て一気に膨れあがり、妖怪たちの青白い皮膚や髪を舐めるように包んでいく。
「ぎゃああああああああ!!」
妖怪の断末魔が夜を裂き、屋敷の屋根瓦を震わせた。炎はさらに勢いを増し、やがてその声すらも炎に呑まれてかき消されていく。
やがて巨大な炎の柱を前に、一人の領民が叫ぶ。
「妖怪どもを倒したぞー!」
声が庭園の内外に響き渡る。
「やった!ついにやったぞー!」
「エイッエイッオー! エイッエイッオー!」
領民たちの歓声と鬨の声が夜空へ響き渡る。燃え盛る炎が妖怪の亡骸を覆い尽くすなか、勝利の熱気が人々の胸を突き上げた。
善助は肩を落とし、荒い呼吸のまま膝をついた。又兵衛、友信、全登も、槍や剣を支えにしながらその場に腰を下ろす。桜もついに力尽き、炎の赤を映す瞳で大きく息を吐き、力なく座り込んだ。
こうして、命を懸けた戦いはようやく終わりを告げたのであった。




