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赤松天翔物語①  作者: 姫笠
第二章 西国の覇者

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第六話 丹波の妖怪⑥

一同は倒れ伏した巨大な老婆の頭蓋骨に背を向け、屋敷を後にしようとした――その時。


「……おばあ……早とちりしおって……」


「我らが到着するのを待てばよいものを……」


 ぞわり、と背筋を撫でるような複数の低い声が、背後から重なり合って響いた。

 一同の足が止まる。誰もが凍りついたように硬直し、やがておそるおそる振り返った。

「ば、ばかな……!」

 善助の顔色が蒼白に変わる。

 視線の先――そこに浮かんでいたのは、先ほど討伐した老婆の巨大な顔とは別のものだった。

 闇の中に、三つの巨大な顔がゆらりと浮かび上がる。

 一つは白髭をたくわえた老人、もう一つは若き男、そして最後は妖艶な笑みを浮かべた若い女。

 その異形の三つの顔が、亡骸を見下ろすかのように、老婆の頭蓋骨を囲んでいた。

「1体では……なかったのか……!」

 善助の唇から震える声が漏れる。

(やはり計られていた……。この屋敷に我々を誘い込み、四体で一網打尽にする手筈だったか

……!)

「……よくも、おばあを……」

「……許さぬ……」

「許さぬぞ、おまえたち!!」

 三つの口が同時に叫ぶ。屋敷全体が震え、壁板が軋むほどの怒気が迸った。

(どうする……!? 今の戦力で三体と同時に戦うなど……とても勝ち目はない!)

 善助は決断を迫られ、奥歯を噛みしめた。

「策を考えます! 又兵衛は左! 友信は右! 全登殿は中央の妖怪を! 頼みます!」

「お、おう!」

 又兵衛が槍を振りかぶり、足を踏み出す。

「うぬ……!」

 友信は大槍を構え、血走った眼で妖怪を睨む。

「はい!」

 全登が剣を抜き、盾を構える。

 三人が瞬時に散開し、持ち場へと走る。

「うおおおおおおおおっ!!」

 三つの顔が一斉に吠え、怒涛の勢いで襲いかかってきた。


 ガンッ! ガンッ! ブシュッ!!


 又兵衛の槍が振り下ろされ、友信の大槍が火花を散らし、全登の剣がひらめき光を放つ。

 だが妖怪の巨顔は容易く引かず、攻防は熾烈を極めていった――。

(なにか……なにか手を考えないと!)

 善助の胸中で鼓動が鳴り響く。打開策を探ろうとするが、仲間たちへ次々と繰り出される妖怪の攻撃がさらに焦りを募らせる。

 若い男の顔が血走った眼をぎらつかせ、大口を開けて又兵衛に突進してくる。

「ぬおおっ!」

 間一髪、又兵衛は槍を縦に構えて巨牙を受け止める。だが圧倒的な質量に抗えず、衝撃で体が宙に浮き、無様に地を転がった。

 ――ジジジジジッ。

 耳をつんざく電撃のような音とともに、妖怪の口から眩い光が走る。

ビイイイイイイイッ!

 老化をもたらす恐怖の光線が又兵衛へと放たれた。

「うおっ!」

 咄嗟に地に伏せて転がり込み、間一髪で直撃を避ける。しかし右腕にかすった瞬間、ぞわりと冷気が走り、腕に深い皺が浮かびあがった。

「くそっ……!」

 息を荒げながら右腕を見ると、筋肉はしぼみ、老人のように変色していく。

「はっ!」

 桜が細剣を構えたまま前へと踏み出し、気迫を込めるように両の手を掲げる。

 その眼差しは鋭く、又兵衛の右腕に念術を集中させた。

 淡い光が包み込み、みるみるうちに皺は消え、若き血が再び巡る。

「わりい、殿……!」

 又兵衛は歯を食いしばり、なおも立ち上がろうとした。

 今度は、若い女の顔が友信に牙を突き立てんと襲いかかる。


 ――ガンッ! ガンッ! ガンッ!


 鋭い歯が大槍の刃に叩きつけられ、金属音が屋敷中に響いた。

「キイイイイイイイイッ!!」

 女の顔が口を大きく開き、耳を裂くような甲高い悲鳴を上げる。

「ぐっ……!」

 頭蓋を揺さぶるような音に友信は一瞬ひるみ、握る手に力が抜けた。その刹那、妖怪の巨体が突進する。

 必死に槍を構え直そうとするも間に合わず、体当たりをまともに受け吹き飛ばされた。

 土煙がぶわりと巻き上がる。

「ぐうう……っ」

 友信が呻きながら大槍を支えに起き上がろうとするが、息が整わない。

 一方――老人の顔から迸る老化の光が、今度は全登を狙う。

 全登は慌てて盾を掲げ、光を受け止めた。

 ――バキッ!

 ひび割れていた盾がついに耐えきれず4つに割れ、地に転がった。

「くっ……!」

 全登は反射的に身をひねり、床を転がって直撃を避けた。だが長い髪の先が光に触れ、一瞬で色を失って白く枯れた。

 ザシュッ

 全登はためらわず剣を振り下ろし、変色した髪を断ち切る。切り落とされた髪が舞い落ちる中、彼女は荒い息を吐き、膝をつく。

 立ち上がろうとする三人を、三つの顔がゆらりと取り囲む。

 闇に浮かぶ巨大な影が、息を合わせるようにじわりと迫る。


 ――ジジジジジジジッ。


 今度は3体が同時に口を開いた。

 どす黒い紫の光が、喉奥からごぼりと湧き出し、渦を巻きながら膨張していく。まるで屋敷そのものを飲み込むような圧力。

(まずい……!もうみな、避ける力すら残っていない……!)

 善助の背を、冷たい汗が伝った。


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