第六話 丹波の妖怪⑤
「うがあああああっ!!」
怒りの咆哮。空気が震え、地面がびりびりと揺れる。
全登は瞬時に前へ踏み出し、盾を高々と掲げた。桜へ一歩も寄せぬ構えだ。
「ここは、通しません!」
意図を理解した又兵衛と友信も同時に飛び込み、全登の左右に並ぶ。二本の槍が妖怪の進路を封じるように構えられ、その先端がきらりと光をはね返した。
三人の防壁。そこに導かれるように、妖怪のとるべき行動はただ一つに誘導された―。
「がああああああっ!!!」
口を大きく開き、紫色の光が渦巻く。まるで雷雲が凝縮したかのように唸りを上げ、やがて一点に収束していく。狙いはただ一人、桜―。
ビイイイイイイイイイッ――!!
耳をつんざく高音が響いた。
「いまだ!」
善助の声が鋭く響く。桜の後方で待ち構えていた彼女は、縁側の後ろに伏せていた大鏡を素早く立て上げた。その表面が妖しく輝くのと同時に、桜を抱きかかえて左へと飛び退く。
ズシャッ――!
鏡へ直撃する老化の光。
バチバチバチバチッ!!
稲妻のような音をたてながら、紫の閃光が大鏡の表面に反射する。
そして跳ね返った光は、一直線に放たれた源――妖怪自身へと返った。
バシュウウウウウウッ!!
「ギャアアアアアアアアッ!!」
白煙が一気に吹き上がり、焦げた肉のにおいが庭園全体を満たす。耳をつんざくような絶叫が響き渡り、瓦も木々も震えるほどの衝撃となった。
その光をまともに浴びた妖怪の髪は、たちまち抜け落ちていく。長く垂れていた髪は地に散らばり、皺だらけの皮膚はさらに深く刻まれ、みみずのように浮き上がった。肉はみるみるうちに痩せ細り、頬は削げ落ち、やがてむき出しの頭蓋骨が剥き出しになる。
最後には巨大な頭蓋骨だけが庭園の地に転がり、ズシリと重い衝撃が走った。
又兵衛が槍を構えたまま巨大な頭蓋骨を睨む。
「……やった……のか?」
「うむ。もう動かんようだの。」
大槍を握る友信の肩もようやく緩んだ。
桜はぱっと表情を明るくし、細剣を掲げて声を上げた。
「やったーっ!」
善助も笑顔を見せ、振り返って叫ぶ。
「やりましたね、殿!」
そのまま桜と善助、そして駆けつけた全登が互いの手を合わせて、子供のようにはしゃぐ。小さな円を作ってぴょんぴょん跳ねるその姿に、緊張で張りつめていた空気が一気にほどけていった。
やや遅れて、又兵衛と友信も肩に槍を担ぎながら歩み寄ってくる。その足取りは疲れをにじませつつも、勝利の余韻に満ちていた。
善助は二人に笑みを向けて声を張る。
「おまえたちも、よくやった!」
「ああ、それより……。」
又兵衛は立ち止まり、桜の前にずいと歩み寄る。その顔は真剣そのもの。どうしても聞かずにはいられないというように、腕を組みながら言葉を続けた。
「さっきの踊りは、なんだったんだ? 殿。」
その瞬間、場の空気がぴたりと止まる。
核心を突く問いかけに、皆が一斉に桜へと視線を注いだ。気にはなっていたが、誰も触れなかった“あの奇妙な動き”。
耳まで赤くしながら、桜は戸惑いの声を漏らす。
「え……。わ、私のいた世界では……挑発といえば、あれなんだよ。常識なの。」
善助は目を瞬かせ、半ば信じるように頷いた。
「そ、そうだったのですね……。」
友信と又兵衛は顔を見合わせ、なんとも言えない表情を浮かべる。全登は口元を押さえて笑いをこらえている。
――誰が見ても、一目で腹が立つような踊り。
未来の人類の文化とはかくも高度なものなのか、とその場の全員が思わず天を仰ぐ。
「人類の発展……恐るべし。」
誰からともなく漏れたその言葉が、勝利の庭園にしみじみと響いた。
「さ、城に戻りましょう。山名殿にも、聞かねばならぬことがございます。」
善助が深く息をつきながらそう告げる。




