第六話 丹波の妖怪②
その夜。
静寂が屋敷を包む。蝋燭の揺らめく灯りが、影を壁に映し、不気味にうごめかせている。
一行は身を潜め、それぞれの武器を握りしめていた。耳を澄ませば、虫の音も聞こえぬほどの静けさ……。
ふと、障子越しに外の景色が変化するのを感じた。
漆黒の闇がじわじわと広がり、屋敷の中へ忍び込んでくる。
(雨雲……? 違う)
桜は息を詰めた。影は次第に濃くなり、やがてはっきりとした輪郭を持ち始めた。
「覚悟ーーッ!」
又兵衛が咆哮し、襖を力強く開け放った。
一行は一斉に庭へ降り立つ。草履が土を踏みしめる音が響く。緊張に満ちた空気の中、視線の先に広がる光景を見た。
「ヒイッ……」
桜は思わず声を上げ、身を縮こまらせた。
そこに現れたのは、夜の闇を背に浮かぶ巨大な顔。
「これは……」
善助が低く呟いた。その声音には絶望の色が濃く滲んでいた。
(ば、ばかな……山名殿の話では体長四メートルほどの妖怪のはず……!どう見ても八メートルは超えているぞ……!)
胸の奥で血が凍りつくような戦慄が走る。
一同の視線の先――。そこには、夜空すら押し破らんばかりに巨大な老婆の顔が、ゆらりと宙に浮かんでいた。
皺だらけの皮膚は土気色に爛れ、どす黒く濁った瞳が爛々と光る。見開かれた巨大な目が、獲物を選り分けるように一行をじっと射抜いていた。
風が吹き抜けるたび、無数の髪がふわりと広がり、影となって屋敷全体を飲み込もうとする。
「……山名よ。」
耳をつんざくような低い声が轟き、屋敷の梁までも揺らした。言葉と共に空気が重く沈み、胸が圧し潰されるような息苦しさが襲ってくる。
「こやつらが……我を討伐せんとする、赤松家当主たちか?」
その声が響き渡った瞬間――。
「ひ、ひぃぃ……!!」
山名祐豊の顔から血の気が引き、膝から崩れ落ちる。瞳は恐怖に見開かれ、次の瞬間には踵を返し、必死に逃げ出した。足元はふらつき、半ば転げるようにして屋敷の奥へ消えていった。
「我々のことが……ばれている……。」
善助は奥歯を噛み締め、低く唸った。
「……山名殿に計られたのかもしれない。皆、気を抜くな!」
その声に一同は一斉に武器を構えた。
桜は祐豊の背中を見送りながら、恐怖と緊張で手が震えるのを感じた。視線を再び妖怪へ向ける。
巨大な老婆の顔は、じっとこちらを見据えたまま動かない。
まるで桜達の心の奥底まで覗き込もうとしているかのようだった。
善助は鋭く声を張り上げた。
「陣形を組みます! 全登殿は前衛へ! 又兵衛、友信! 側面より援護せよ!殿は後方で治癒の念術をお願いします!」
指示を受け、全員が即座に動いた。
前衛の全登が盾を構え、一歩前に出る。その横で又兵衛と友信が槍を構え、後衛の桜と善助が態勢を整える。
「我の縄張りを荒らすものども、許さぬぞ。一人残らず喰い殺してくれる!」
妖怪が怒声をあげると、宙に浮かぶ巨大な顔が、目にも止まらぬ速さで桜めがけて突進してきた。




