第六話 丹波の妖怪①
丹波の国、山名家本拠。此隅城―
高くそびえる石垣と白壁の城は、沈みゆく夕日を浴びて朱に染まっていた。
空は茜から紫へと移ろい、鳥の群れが城をかすめるように帰路を急ぐ。
その奥、当主の間。障子の向こうから射し込む橙の光が畳に長い影を落としている。
上座に座するは、此隅城の主・山名祐豊。
白髪の混じった髪と髭は乱れ、浅く刻まれた皺がその心労を物語っていた。
初老の顔にはやつれがにじみ、痩せこけた頬は長きにわたる不安と恐怖を映している。
「遠路はるばる、よくぞ来られた。赤松殿……失礼だが、お若いですな」
「やいやい! 山名さんよ!」
又兵衛がずかずかと一歩前へ進み出た。槍を背に堂々と腕を組み、仁王立ちしてみせる。
「殿はたしかに小娘だが、これでいて結構肝が据わってるんだからな!」
後ろに座る桜の眉が微妙に動く。
(小娘……)
「……して、山名殿。」
静まり返った広間に、善助が低く問いを投げかけた。
「我々が討伐すべきは、どのような妖怪なのです?」
蝋燭の炎がかすかに揺れる。影に沈んだ顔を上げ、丹波の大名・山名祐豊は、苦渋をにじませながら重々しく口を開いた。
「思い出すだけで身の毛もよだつ……恐ろしい妖怪です。」
彼の声は震えを帯び、広間に集った者たちの胸をひりつかせた。
「1年前、突如として1体の妖怪が領内の村々を襲いはじめました。見た目は4mもの老婆の顔だけの姿をした化け物。闇深い夜に現れ、人も家畜も、生きたまま食らうのです。腹を満たしては闇に消え……また満たされぬ夜に舞い戻る。」
吐き出される言葉は一つひとつ重く、聞く者の背筋を冷やしていく。
「もちろん、我らも討伐を試みました。だが――」
祐豊は視線を落とし、膝の上の手を固く握り締める。
「やつの巨大な姿は、矢も槍も通さず……その大口と牙は、鎧すら容易く噛み砕く。かつて領内の兵を総動員し、大規模な討伐を仕掛けたこともありました。しかし……やつは妖怪、獣よりも賢し。多勢に不利と見れば、空を飛び、闇に紛れて姿を消すのです。」
その声には悔恨がにじみ、広間に重苦しい沈黙が落ちる。
「我らも国境を守らねばならず、他国の侵攻に備えて兵を割かねばならぬ。ゆえにいつまでも討伐に戦力を注ぎ続けることは叶わぬ。やむなく大規模な討伐隊を解散した途端……また村々は襲われました。」
語るごとに祐豊の顔色は青ざめていき、やがて声はかすれた。
苦痛に耐えしのぐように顔を歪ませ、続ける。
「やむなく、我らは妖怪の要求に屈したのです。領内を荒らさぬ代わりに、生贄として……月ごとに人十人、牛二十頭を差し出す、という取引に応じた……」
その言葉に、居並ぶ者たちの表情が揺らぐ。怒りか、恐怖か、胸の奥に冷たいものが広がっていった。
祐豊は力なく息を吐き、肩を落とす。
「妖怪に目をつけられた我ら小国の運命は皆同じ。まるで毒に侵された老人のように、日々衰え、やがて息絶えるほかない……。」
かすれ声で絞り出すように続けた。
「その妖怪は……定められた日の夜、わが屋敷に現れます。
どうせ従うのならば……妖怪より人のほうがよい……。赤松殿……どうかこの丹波を救い、平穏を取り戻していただきたい――。」
祐豊の声が広間に響き渡り、最後には震えとともに消えた。




