表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤松天翔物語①  作者: 姫笠
第二章 西国の覇者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/106

第五話 死者の願い⑤

その夜の宿――女性部屋。

 囲炉裏の火はすでに消され、障子の向こうからは虫の声だけが静かに忍び込んでくる。

 布団を並べて横になると、外の夜風が板壁を揺らし、かすかな木の軋みが響いた。


「ねえ、善助は好きな人いるの?」

 唐突な問いかけに、暗がりの中で善助の肩がぴくりと跳ねた。

 その微かな動きを、隣の桜は見逃さない。

「……!? いえ、おりません」

 いつも冷静な善助が一瞬声を詰まらせる。

 その反応がおかしくて、桜は布団の中でくすりと笑った。

「へえ、そうなんだ。じゃあ、又兵衛は?」

 善助は小さく息をつき、暗がりの中でほんの一瞬だけ目を閉じた。

 静かに言葉を選ぶように口を開く。

「あの者は胆力があり、戦場では頼りになります。あれでいて、情に厚い所もございます。

 しかし……少し助兵衛な上、いささか思慮が浅いゆえ、旦那となると不安が残ります」

 助兵衛……思慮が浅い。

 ひどい言いようだと感じつつも、妙に的を射ている気もして、桜は笑いを堪えながら布団の中でごろりと寝返りを打った。

 畳の上を衣擦れの音がさらりと走り、枕の位置を直す彼女の小さな仕草が夜の静けさを揺らす。

「じゃあ友信は?」

「……あの者も又兵衛同様、戦場では頼りになります。こと武勇においては家中一と言えるでしょう。

 温厚に見えますが、ああ見えて気を遣いすぎる面も……。ただ、酒に目がない割にすぐに悪酔いするため、旦那としては苦労するでしょう」

「え、友信って気を遣っちゃうタイプなんだ?」

 思わず声をひそめつつも、笑みを含んで問い返す桜。その顔は興味半分、意外さ半分といったところだ。

 善助は小さく頷き、静かに続ける。

「酒も……元は人前で緊張を解くために嗜んでいたもの。今は、ただ普通に好きなだけですが」

 恋愛話のつもりが、返ってくるのは仲間の人物評ばかり。

 まるで2人のことをよく知るお姉さんが語っているみたいで、桜はくすりと笑いを漏らした。

「ふふっ……2人のこと、よく分かってるんだね」

 その言葉に、善助はほんの少しだけ口元をほころばせる。

 暗がりの中で、彼女の笑みはひどく柔らかく見えた。

「ええ、長い付き合いですからね」

 その声音には仲間への揺るぎない信頼がにじみ出ており、夜の静けさの中で桜の胸に心地よく響いた。


「全登ちゃんは?」

「!?」

 不意に自分の名を呼ばれた全登は、小さく肩を震わせた。

 暗がりに沈んだ部屋の中でも、その困惑ぶりが手に取るように伝わってくる。

「……ご勘弁を、桜殿。このような場で殿方の話など……神がどう思われるか」

 声は硬いが、わずかに頬が熱を帯びているのが分かる。桜はそれを見て、くすっと笑いを堪えきれなかった。

「いいじゃん、ちょっとぐらい。じゃあ、宇喜多さんは?」

「……毒殺されるのは御免です」

 あまりに即答で返されたその一言に、桜は吹き出しそうになった。

 全登の中で主君―宇喜多直家の存在がどういう位置づけなのか、妙に想像がふくらむ。

「そうなんだね……。じゃあ、行長君は?」

「行長ですか……。」

 全登は小さくため息を漏らす。

「あの者は商人の出身ゆえか、いささか金にがめついところがございます。たびたび茶屋にて居合わせますが、会計の折には隙あらば二人分の会計を所望されます。」

「うーん、女の子に対してそれはないかもねー」

 桜は呆れたようにため息をつき、布団の上でごろりと寝返りを打つ。すると今度は全登が、静かに問い返した。

「そういう桜殿はどうなのですか?」

 問いを受け、桜は少し考え込むように視線を落とした。布団の端を指先でつまみながら、小さな声で答える。

「うーん……小さいときは好きな人いたんだけどねー」

 その瞬間、心の奥底に幼い陸の笑顔が浮かぶ。夕暮れの公園、分厚い本を抱えていた少年の姿が。

(……もう、時代が違うからね)

「今はいないかな!」

 わざと明るく笑って言う桜に、善助がすかさず冷静に釘を刺した。

「殿……言い出しっぺでそれはいけませんぞ」

「そうだよね、ごめんごめん! じゃあ二人とも、いい人ができたら教えてね」

「殿もですぞ」

「分かってるよー」

 そのやり取りに、部屋の空気が少し和んだ――。

 ドン ドン ドン。

 突如、隣の部屋からどんちゃん騒ぎの音が響き渡る。

 桜が眉をひそめる間もなく、善助がスッと立ち上がった。無駄のない動作でスタスタと隣の部屋へ歩み寄る。

 襖が勢いよく開け放たれる。

「男達、うるさい!」

 凛とした叱声が夜更けの宿に響きわたった。その一言に、先ほどまでの喧噪は嘘のように静まり返る。

 しん……と沈黙が戻った空間に、桜と全登は思わず顔を見合わせ、布団の中で笑みをこぼした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ