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赤松天翔物語①  作者: 姫笠
第二章 西国の覇者

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第五話 死者の願い④

その言葉は酒場に集う人々の胸に響き、さっきまで笑いさざめいていた空気は、どこか厳かで温かなものへと変わっていった。

行長は頬をかきながら、半ばあきれたように、しかしどこか楽しげに笑った。

「なんか……八方美人というか、よくばりな当主やな。」

「え! そ……そうかな……」

桜は思わず声を裏返し、視線を落とす。頬がかっと熱くなり、うつむいた顔はたちまち朱に染まっていった。盃を持つ手先までほんのり赤みを帯びている。

行長はそんな彼女の反応を見て、ますます口元を緩めた。

「でもなぁ、そういうよくばりな大名っちゅうのも……わいは、嫌いやないで。」

柔らかく笑いかける声は、からかうというよりもむしろ、素直な好意と期待を含んでいた。

その言葉に桜は小さく肩を震わせ、照れ隠しのように甘酒をひと口含む。温かな香りが喉を通るのに合わせて、胸の奥までじんわりと熱が広がっていった。

横では全登が静かに盃を傾ける。薄く目を閉じ、酒の香りと味を確かめるように一息ずつ味わっている。その横顔は穏やかで、まるで桜の言葉に安心を得たかのように落ち着いていた。

彼女の吐く小さなため息は、酒場のざわめきの中でもどこか清らかで、桜の胸にやさしい余韻を残した。

 ふと行長は盃を置き、口を開く。

「そういや、わいって歴史上で、最後どうなるん?」

 突然の行長の問いに、桜はぱちくりと目を瞬かせた。

「え……どうだろうー。私、歴史あんまり詳しくなかったから」

 言いながら視線を泳がせ、盃の中の甘酒をじっと見つめる。

 普段はひょうひょうとして掴みどころのない行長。その彼の口から投げられた、未来を問う重い言葉――。

 もし自分が歴史に詳しければ、この人がどんな最期を迎えるか知っていたのかもしれない。

 けれど、知らないからこそ今こうして笑い合えているのかもしれない。桜の胸に、そんな相反する思いが静かに広がっていく。

 ふと、胸の奥に小さな頃の記憶が蘇った。


――


 夕暮れの公園。

 赤く染まった空の下で、ブランコがきしむ音がゆるやかに響く。

 遠くからは、鬼ごっこに興じる子どもたちの笑い声が風に運ばれてきた。

 縄跳びを抱えて駆けてきた幼い桜は、ベンチに腰かけて分厚い本を膝に広げる少年を見つける。

「陸ー、また歴史の本読んでるのー?」

 陸と呼ばれた少年は顔を上げ、夕陽を受けて瞳をきらりと輝かせた。

「あ、桜!これ、おもしろいんだよ!一緒に読もうよ!」

 幼い桜はむすっと頬をふくらませ、縄跳びをぶんぶん振り回しながら首を横に振った。

「えー、難しいからつまんないー。遊ぼうよー!」

 陸は笑いながら本をぱたんと閉じ、肩をすくめてみせる。

「もー。桜はおこちゃまなんだから」

「なんだとー!」

 ぷんすかしながら叫んだ桜は、縄跳びを放り出して陸の背中をぽこぽこと叩く。

 陸はひょいと逃げるように前にのけぞりながら、子どもらしい無邪気な笑い声を上げた。


――


 桜は小さく笑みをこぼす。

「……歴史に詳しい友達がいたんだけど、その子なら知ってたかも」

 行長がぱっと顔を輝かせ、前のめりになる。

「え!じゃあそいつ連れてきてーな!」

 桜は吹き出しそうになりながら、肩をすくめた。

「無茶言わないでよ」

 そして、少しからかうように首をかしげる。

「ていうか、行長君って……歴史に残るぐらい、有名なの?」

 行長は胸を張り、鼻を鳴らした。

「失礼な!これからや、これから!」

 桜はその言葉に笑みをこぼした。

 酒場を包む夜風がふわりと吹き抜ける。

 昼の暑さを忘れさせるような涼やかな風は、まるで彼らの背中をそっと撫でるかのようだった。


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