第四話 竹田城の幽霊⑤
「こ……これは……。殿、大丈夫でございますか?」
善助が駆け寄り、声を潜めながらも焦りを隠せない。
「う、うん。全然痛くはないの。」
桜は無理に笑おうとするが、唇はわずかに震えていた。
しばらく桜の左足に手を添え、黙っていた善助が重い口を開く。
「正直、私も幽霊など半信半疑ではありました。しかし万が一ということもあります。……ここは友信を護衛につけ、殿には宿で我々の帰りを待っていただき――」
その言葉を聞いた途端、友信の表情がぱっと明るくなる。
だが、その安堵は長く続かなかった。
「ううん!」
桜がきっぱりと声を遮る。
「もし幽霊がいるとするなら、これは赤松家の問題だと思うの。だから、私が行かないわけにはいかない。」
その強い眼差しに、友信はぎゅっと口を結び、表情を沈める。
善助はしばし黙り込み、やがて小さく息を吐いた。
「……わかりました。みな、なにが起ころうと、必ず殿をお守りするのだぞ。」
「はっ、殿はやっぱこうでなくちゃ。なあ、友信!」
又兵衛が無理に明るく振る舞う。
「ふぬうん……」
友信は唸るように答えたが、その瞳は霧の奥に広がる闇を恐れるように泳いでいた。
一同が濃霧の中を慎重に歩み続けると、やがて視界が開け、暗闇の中に黒々とした巨大な影が浮かび上がった。
それは、山頂にそびえる石垣――。ついに、竹田城跡がその姿を現したのだった。
石を積み上げた高い石垣が月明かりに照らされ、まるで眠れる獣の背のように沈黙している。
その上には、かつて城を形作っていた木造の壁や床の残骸が、無残にも崩れ落ち、野ざらしで朽ち果てていた。
月明りがそれらを不気味に照らし出し、影は生き物のようにうごめき、一行を飲み込もうと迫ってくる。
「ここが……竹田城跡……」
桜が小さく息をのむ。
夜気はひどく冷たく、肌を刺すような風がまとわりつき、汗ばむ背筋をぞくりと震わせる。
誰も口を開かないまま、重苦しい沈黙だけが広間に広がった。
そのとき――。
カラカラ……カラカラカラ……
乾いた音が、石垣の影から響いてきた。
それは、瓦礫が転がるような音にも、金属を地面に引きずる音にも聞こえる、不気味な響きだった。
「この音は……」
善助が低くつぶやき、眉間にしわを寄せる。耳を澄ますと、音は規則的に近づいてきているようにも思える。
「瓦礫の崩れる音……いや、違う。これは……」
善助の表情が険しくなった。
ふと気づけば、友信が前方で棒立ちになり、まったく動かない。
月明かりに照らされたその巨体は、小刻みに震えていた。
「おい、友信!」
又兵衛が声を荒げて呼びかける。しかし返事はない。
「友信、どうした!」
善助があわてて隣に駆け寄り、その視線の先を追った。
そして、息を呑む。
「……な……っ」
崩れた残骸の向こう――。
そこに、白装束をまとった女が、静かに立っていた。
月光に照らされるその姿は、異様なほど輪郭が鮮明で、影の中でなお白く浮かび上がっている。
長い髪が風に揺れ、顔は見えない。
だが――。
その首は、常人ではありえぬほど長く伸び、ぐにゃりと角度をつけながらこちらを見下ろしていた。




