第四話 竹田城の幽霊④
やがて山道に入りこむと、空気ががらりと変わった。
先ほどまで賑やかだった鳥の声が、ぴたりと止む。
聞こえるのは、自分たちの靴が落ち葉を踏みしめるざくざくという音と、風にざわめく木々の声だけ。
「……静かですね。」
全登がぽつりと漏らした声が、不自然なほど大きく響いた。
道の脇に小さな祠が建っていた。
苔むした屋根、傾いた石。供えられたはずのものは崩れ、干からびた花が散らばっている。
桜は足を止め、祠にじっと目を向けた。
(……なんだろう。見られてる……?)
背筋に冷たいものが走り、思わず小声でつぶやく。
「ひっ!」
突然、背後で悲鳴が上がる。振り返れば、友信が飛びのいていた。
落ち葉を踏んだ自分の足音に驚いただけらしい。
又兵衛が「なんだそりゃ!」と大笑いするが、誰も本気でからかう気にはなれなかった。
笑い声さえ、この山には場違いなほど不気味に響いたからだ。
さらに進むと、道端にできた水たまりが、ひっそりと陽を受けて輝いていた。
桜が何気なく覗き込んだ瞬間――胸の奥が冷たく凍りつく。
「……赤い……?」
水面は夕陽を映しているだけに見えた。だが、その赤はあまりにも濃く、血を流し込んだかのようにどろりと淀んでいる。
「ただの水溜まりじゃねえか。夕焼けで赤く見えるだけだぜ。」
又兵衛が肩をすくめ、わざと軽く笑って見せた。
だが善助は眉をひそめ、じっと水面に視線を落としたまま動かない。
やがてゆっくりと歩み寄り、片膝をついて水面を凝視する。
「……いや、夕日のせいではない。本当に水が赤い色をしている。」
その一言に、空気がぴんと張り詰める。
「え……!」
又兵衛が思わず声を荒げた。
善助は懐から帳面を取り出し、さらさらと書きつける。
「……記録しておこう」
淡々とした声に聞こえるが、その横顔は明らかに強張っていた。
そのとき――。
「……っ!」
誰かが息を呑む。
道の先から、白い霧がゆらゆらと立ちのぼってきた。
最初はただの靄のように見えたが、瞬く間に濃さを増し、視界をじわじわと覆い隠していく。
木々の影が溶け、音も色も霧に吸い込まれるようだった。
「な、なんだぁこれ……」
友信が声を震わせる。
その刹那、桜の足にぬるりとした冷たい感触が絡みついた。
「きゃっ!」
慌てて飛びのき、振り払うと、それはただの枯れ枝だった。
だが、その瞬間の感覚――たしかに「人の手」で掴まれたような、生々しい感触が残っていた。
震える膝を必死に抑えながら、桜はかすれた声を漏らす。
「え……枝、だよね?」
恐る恐る足元を確認した彼女の表情が青ざめる。
左足首に、はっきりと赤黒い痣のような跡が浮かび上がっていたのだ。




