第四話 竹田城の幽霊②
主人は囲炉裏の火をじっと見つめながら、低く静かな声で語り始めた。
「昔――ここの山頂にある竹田城は、山名家の山名次郎という者が城主をつとめておりました。その時代、この竹田城周辺では、赤松家と山名家が日夜にらみ合い、激しい戦が続いていたのです。」
桜たちは自然と背筋を正し、主人の言葉に耳を傾ける。
広間に漂う夕餉の香りすらも、今はかすんでしまうほどだった。
「ですが、その争いの中で――ひとつの縁談話が持ち上がりました。赤松家の姫君―赤松幸と、山名次郎との婚姻話です。誰もが『戦を終わらせるための政略結婚であろう』と思ったものです。」
主人はそこで一度、言葉を切り、静かに首を横に振った。
「……けれど、二人は本当に仲睦まじかった。城下の人々が目にするたび、肩を並べ歩く姿はあたかも長年の夫婦のようで、皆がほほえましく見守っておったのです。二人はどこへ行くにも一緒だったといいます。」
全登は微笑み相槌をうつ。
「とても仲が良かったのですね……。」
しかし、主人の表情はどんどん陰りを増していく。
「結婚から二年ほど経ったある日――突如、赤松家が竹田城に攻め込んできたのです。その数、二千。対する竹田城の兵は、わずか二百に過ぎませんでした。」
善助がつぶやく。
「二千対二百……勝ち目はないな。」
友信も重い息を吐き、拳を握りしめた。
「もともとあの婚姻は……山名家を油断させるための策略。赤松家の狙いは、最初からこの竹田城だったのです。」
桜の胸がきゅっと締めつけられる。主人の言葉は続く。
「山名次郎は悟りました。姫は元は赤松家の人間。危害は加えられまい、と。彼はすぐに家臣へ『姫を連れて降伏せよ』と命じたのです。」
主人は目を伏せ、声を落とした。
「……泣き叫ぶ姫を見送った後、山名次郎は城に残り、自害をいたしました。その亡骸は忠義厚い家臣によって、城の中にひそかに埋められたといいます。」
桜の喉が乾き、ごくりと唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。
「姫はその後、赤松家に連れ戻されました。けれど、夫を失った悲しみは深く……やがて彼の後を追うように、竹田城の井戸へ身を投げて果てたのです。」
一瞬、部屋の灯が揺らいだ。桜は思わず隣の善助の袖をつかむ。
主人の声はさらに低くなり、耳元にまとわりつく囁きのように沈んでいった。
「数年前から、この地には幽霊が出ると噂されるようになりました――」
屋敷の灯火がかすかに揺れる。声に合わせるように、外から吹き込む風が障子を震わせた。
「ある者は言いました……夜更けの城で、誰もいないはずなのに土を掘る音や、鋤をカラカラと引きずる音を聞いたと」
静寂の中、耳の奥に重苦しい音が蘇るかのようで、皆の肩がぴくりと揺れる。
「ある者は言いました……山頂の水たまりが、血のように赤く染まっていたと」
桜の喉がごくりと鳴り、自然と息をのみ込んだ。
「そしてある者は言います……竹田城跡への道を進むと、まるで誰かに腕や脚をつかまれたかのように、赤黒いあざが浮かんだと」
桜は思わず自分の手足をさすり、冷たい汗が背中をつたうのを感じた。背筋がぞくりと冷え、胸の奥がひゅっと縮み上がる。
主人の瞳はぎらりと光り、さらに低く呟いた。
「さらに、白い着物に身をつつんだ、長い髪の女を見たという者も……だが――その背丈は、人間とは思えぬほど高かったと」
ゾクッ……。
部屋の空気が一気に冷え込んだように感じられる。
「人々は噂しました。赤松家の姫君が、夜な夜なこの地に埋まる夫をさがしているのだと」
「ひ、ひいい……!」
堪えきれず、友信が情けない悲鳴をもらし、肩をすくめた。
主人は声を落としながら続ける。
「以前、騒ぎの真相を確かめようと役人が二人、竹田城跡へ調査に向かいました。調査の最中は何の異変もなかったようですが……翌日、二人は同じように高熱を発し、そして――」
彼は言葉を切り、苦しげに息をのむ。
「数日後、二人とも息を引き取ったのです。」
桜の顔色がさっと青ざめた。
(そんな……幽霊の祟りで、本当に人が……?)
主人は、声を絞り出すように吐いた。
「ここ数年の幽霊騒ぎのせいで、旅人は町を避け、この宿場町もすっかりすたれてしまいました。」
誰も息をのむ音さえ立てず、ただ外から吹き込む風だけが、障子を揺らす。
主人は青ざめた顔で首を振り、声を押し殺す。
「……死人まででているのです。悪いことは申しません。あそこへは――行かないほうがいい。」
静まり返る広間。外では風が吹き抜け、軒先の風鈴がちりん、と不気味に鳴った。




