第四話 竹田城の幽霊①
丹波の国の入り口にさしかかり、一行はとある宿場町へと足を踏み入れた。
昼下がりの太陽が白壁の町並みを柔らかく照らし、行き交う旅人や荷を積んだ馬の蹄音が石畳に響いている。
香ばしい焼き団子の匂いが漂い、商人たちの威勢のよい掛け声が耳に届く。だが、町全体にどこか影のような空気が差していた。
善助が立ち止まり、振り返って仲間に声をかける。
「今日はここで宿をとりましょう。」
「え? 姉御、まだ昼すぎだぜ。宿をとるには早いんじゃないか?」
槍を肩にかついだ又兵衛が眉をひそめ、不満をもらす。
善助は帳面を取り出し、さらさらと記録を書きつけながら答えた。
「ここの近くに、竹田城という城の跡地があってな。今は使われてはいないが……いずれ播磨と丹波を結ぶ、重要な拠点になるだろう。実は今回の旅の途中で調査してくるよう、官兵衛殿に言われておるのだ。」
(竹田城かー……城マニアの父さんが色々語ってたなー。たしか有名な観光地だっけ。)
桜は心の中でつぶやき、どこか懐かしい気持ちに胸を揺らした。
一行は宿に入り、磨き込まれた木の香りがほんのりと漂う帳場に腰を落ち着けた。外のざわめきが遠ざかり、蝋燭の炎が小さく揺れる。
善助が宿の帳面に名を記しながら、穏やかに問いかける。
「ご主人。このあたりにある竹田城跡へ行くには、どの道を進めばよいですか?」
帳場の向こうで帳面を整理していた主人の手が――ぴたりと止まった。
筆を置く音もなく、ただ沈黙が落ちる。やがて彼は顔を上げ、深く刻まれた皺の下から鋭い視線を善助に向けた。額に手を当て、重い声が低く漏れる。
「……あなた方、竹田城跡へ行かれるのですか。」
善助は視線を逸らさず、落ち着いた声で答えた。
「ええ。道を教えていただければと。」
主人はしばらく口を結び、やがて重々しくため息をついた。
視線を宙にさまよわせながら、言いにくそうに言葉を絞り出す。
「やめておいた方がよいでしょう。あそこは……近ごろは誰も寄りつきませぬ。」
「どういうことです?」
善助が低い声で問いただす。背後で又兵衛は「なんだそりゃ」と言わんばかりに腕を組み直し、椅子の背にふんぞり返る。全登は小首をかしげ、桜は思わずごくりと唾を飲んだ。
しかし、主人は口を閉ざしたまま、沈黙が広がる。
蝋燭の炎が、かすかに揺れた。善助は眉を寄せ、静かに言葉を継いだ。
「お気遣いには感謝します。だが、我々もあそこには明確な目的があってのこと。行くなと申すのであれば――相応の理由をお聞かせ願いたい。」
主人はしばし葛藤するように目を伏せ、やがて決心したように顔を上げた。
その声音は、ひそやかに震えていた。
「あの城跡には……幽霊が出る、と噂されております。」
「え……ゆ、幽霊……?」
桜が思わず声をあげ、背筋にひやりとしたものが走った。
その瞬間、帳場の奥で茶碗を拭いていた女中がビクリと肩を震わせ、こちらをちらりと不安げに見やった。
どうやら、この町ではただの噂では済まぬほどに、その話が広く信じられているらしい。




