第三話 播磨の盗賊⑧
宿場町―。
さらわれていた男の子を目にした母親は、堪えていたものが一気に溢れ出したように、顔をくしゃくしゃに歪めて駆け寄った。
「……っ!」
声にならぬ叫びとともに、男の子を両腕で抱きしめる。
母親の頬を伝う涙は止めどなく、大粒の雫がぽたぽたと地面を濡らした。
その一方で、抱きしめられた男の子は、きょとんとしたまま。何が起こったのか、まだ理解できず、ただ母の胸の中で瞬きを繰り返している。
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
母親はわが子を抱き上げたまま、何度も、何度も頭を下げ続けた。声は震え、足取りも覚束なかったが、それでも子を離すまいと必死にしがみついている。
その親子の背中が人混みに紛れていくのを見送りながら、善助が静かに桜へと視線を向けた。
「……殿」
憂いを含んだ声。その一言に、彼女の胸中の不安が滲んでいた。
桜は少し笑みを作り、皆を安心させるように声を上げる。
「大丈夫だよ! ……いろいろ心配かけてごめんね。」
彼女は真っ直ぐに仲間を見回し、強い瞳で言葉を続けた。
「あの盗賊たちみたいな人を、一人でも少なくしなきゃいけない。だから私は、ここで立ち止まってなんていられない。」
胸に手を当てると、その声には決意が込められていた。
桜は仲間たちに向き直ると、にこっと笑って見せる。
「だからみんな、これからも力を貸してね」
善助は静かに背筋を伸ばし、真剣な眼差しで桜に向き直った。
「……ははっ!」
友信は大きな体を揺らし、力強く頷く。
「んだあ」
全登もやさしい笑みを浮かべ、身体を傾けながら答える。
「私も援軍に来たときは、お手伝いしますね」
「ありがとう! 全登ちゃん!」
桜は嬉しそうに声を弾ませた。
すると又兵衛が、あきれたように肩をすくめる。
「まったく……もう勝手に一人で走りだすなよな。」
「ははは……ごめんね、又兵衛。」
桜は舌を出すように笑って、少し気まずそうに後頭部をかいた。
その脇で、スシイヌが尻尾をぶんぶん振りながら桜の足元にまとわりつく。
桜はその小さな体を抱き上げ、頬をすり寄せながら微笑んだ。
「お前がみんなを案内してくれたんだね……助かったよ。本当にありがとう」
「ワン!」
スシイヌが短く鳴くと、全登が思わず目を細める。
(……ワンって言った。イヌみたいだ……)
その場に柔らかな笑い声が広がり、重苦しかった空気はいつしか温もりに包まれていった。




