第三話 播磨の盗賊⑦
剛蔵はその眼差しから逃げるように、ふっと視線を外す。そしてゆっくりと足元へと落とした。
まるで、心の奥底に封じ込めていた記憶を掘り起こすように。
――
俺たちは――同じ村で育ったんだ。
あの村は岩山に囲まれて陽の当たりも悪く、土は痩せて作物がろくに育たねえ。田畑を耕しても実りはわずかで、自分達が口にする分でさえ事欠く有様だった……。
だが、そんな暮らしでも年貢は待ってくれねえ。
毎年きっちりと、決まった量を差し出さなくちゃならねえんだ。領主の役人どもは、俺たちが飢えていようが容赦はしねえ。
俺の親は、自分達が食う米まで削り、すすけた藁を噛みしめるような日々を過ごしていた。
だが、年貢と……俺の食う分だけは用意しつづけていた。
だが、そんな生活に――いつまでも耐えられるはずがなかった。
まずは体力のない母親が、ついで父親が病で死んでいった。
十年前、1人になった俺は村の若い衆に声をかけ、無理やりにでも生き延びる道を探した。
そうして始めたのが盗賊業だった。
――
「この世は弱肉強食だ。」
剛蔵は薄ら笑いを浮かべつつ、桜を見上げた。
「俺たちが領主から食い物を奪われるのなら、俺たちはさらに弱い奴らから奪えばいい。
そうでもしなきゃ、飢え死にするだけだったんだ。
血にまみれ、恨まれようと覚悟の上だ。ただ生き延びるために、俺たちは手を汚し続けてきた。」
剛蔵は鋭い目で桜を睨みつけ、続ける。
「……だからよ、今さら真っ当な生き方なんてできるかってんだよ。」
桜は静かに腰を落とし、震える剛蔵の腕にそっと手を添えた。
その瞳は濁りも迷いもなく、まっすぐに彼を見据えている。
「領主として……今まで苦労をかけてきたことは、心から謝ります。」
声はかすれていたが、その一言には領主としての覚悟がにじんでいた。
「でも、私はこれから……あなたたち領民が、みんな幸せに暮らせる国を目指していくつもりです。」
桜はぐっと彼の手を握りしめる。
「だからお願い。それまで待っていて。もし働き先がないというのなら、私が必ず用意する。だから――」
剛蔵は、無言で周囲を見渡した。
そこには倒れ伏した仲間の亡骸が転がっている。
共に飯を奪い、共に血を浴び、背中を預け合ってきた仲間たち。
「俺にとって信じられるのは、誰でもない――この亡骸となった連中だけだ。」
剛蔵は口元を緩め、続ける。
「……俺は悪党だ。人の道から外れた外道だ。だがな、こいつらだけは裏切れねえ。」
声はかすれ、息が荒い。ただ目だけは真っすぐに桜を見据えていた。
「こいつらが盗賊として死んでんのに、俺だけが領主様に許しを請い、おめおめ生き残れるかよ」
桜は思わず声を上げた。
「でも……それでも!」
必死の訴えを遮るように、善助が桜の肩に手を置いた。
振り返ると、彼女はまっすぐに桜を見つめ、静かに首を横に振った。
剛蔵は大きく息を吐き、肩で苦しげに呼吸しながら、それでも薄ら笑いを浮かべた。
「領主様よ……ちっとでも俺たちに責任感じてるってんなら、せめて領主様の手で殺してくれよ。こいつらへの、土産話にするからよ」
そう言うと、剛蔵は膝を震わせながら立ち上がる。
足元はふらつき、体は今にも崩れ落ちそうなのに――その背筋だけは、誇りと意地によって真っすぐに伸びていた。
桜は答えを失い、ただ唇を噛みしめる。
「……」
そして、震える手で細剣を引き抜いた。
刃が鞘から抜ける高い音が、空に虚しく響き渡る。
細剣を構えると、桜の両目が真っ赤に染まった。
悲しみ、怒り、苦しみ――相反する感情が渦を巻き、瞳に燃えるような色を宿していく。
「……ごめんなさい――。」
突き出された刃は迷いなく、しかしその胸は張り裂けそうだった。
――ブシュッ!
鋼の切っ先が剛蔵の胸を貫いた。
肉を裂く音が耳に残り、温かな血が飛沫となって桜の頬を染める。
「……っ!」
巨体がぐらりと揺れる。血が喉を逆流し、唇を鮮やかな赤に染めながらも、剛蔵は最後の力を絞って桜に身を寄せた。
息がかかるほどの距離で、掠れた声が耳元に届く。
「地獄で……見ていてやるよ。おやさしい領主様の目指す国が……どんな国かってのをな……」
――バターンッ!!
重い音を立て、砂煙を巻き上げながら大地に崩れ落ちた。
その体はもう動かず、そよ風だけが虚しく彼の亡骸を撫でていく。
桜は細剣を握ったまま立ち尽くした。
手は小刻みに震え、視界が涙で滲む。
やがて力なく細剣を取り落とすと、膝をつき、地面に崩れ落ちた。
「なんで……どうして……死んでほしくなんて、ないのに……!」
大粒の涙が次々と頬を伝い、土を濡らし、黒い染みを広げていく。
その嗚咽は、戦場の喧噪が去った静寂の中で、ひときわ鮮やかに響いた。
善助は何も言わず、そっと彼女の小さな頭を抱き寄せる。
その腕の中で、桜はこらえきれずに泣き崩れ、声を震わせ続けた。
領主としての責任と、少女としての心の狭間で――彼女の涙は止まることなく流れ落ちていった。




