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赤松天翔物語①  作者: 姫笠
第二章 西国の覇者

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第三話 播磨の盗賊⑦

剛蔵はその眼差しから逃げるように、ふっと視線を外す。そしてゆっくりと足元へと落とした。

 まるで、心の奥底に封じ込めていた記憶を掘り起こすように。


――


 俺たちは――同じ村で育ったんだ。

 あの村は岩山に囲まれて陽の当たりも悪く、土は痩せて作物がろくに育たねえ。田畑を耕しても実りはわずかで、自分達が口にする分でさえ事欠く有様だった……。

 だが、そんな暮らしでも年貢は待ってくれねえ。

 毎年きっちりと、決まった量を差し出さなくちゃならねえんだ。領主の役人どもは、俺たちが飢えていようが容赦はしねえ。

 俺の親は、自分達が食う米まで削り、すすけた藁を噛みしめるような日々を過ごしていた。

だが、年貢と……俺の食う分だけは用意しつづけていた。

 だが、そんな生活に――いつまでも耐えられるはずがなかった。

 まずは体力のない母親が、ついで父親が病で死んでいった。

 十年前、1人になった俺は村の若い衆に声をかけ、無理やりにでも生き延びる道を探した。

 そうして始めたのが盗賊業だった。


――


「この世は弱肉強食だ。」

 剛蔵は薄ら笑いを浮かべつつ、桜を見上げた。

「俺たちが領主から食い物を奪われるのなら、俺たちはさらに弱い奴らから奪えばいい。

 そうでもしなきゃ、飢え死にするだけだったんだ。

 血にまみれ、恨まれようと覚悟の上だ。ただ生き延びるために、俺たちは手を汚し続けてきた。」

 剛蔵は鋭い目で桜を睨みつけ、続ける。

「……だからよ、今さら真っ当な生き方なんてできるかってんだよ。」

 桜は静かに腰を落とし、震える剛蔵の腕にそっと手を添えた。

 その瞳は濁りも迷いもなく、まっすぐに彼を見据えている。

「領主として……今まで苦労をかけてきたことは、心から謝ります。」

 声はかすれていたが、その一言には領主としての覚悟がにじんでいた。

「でも、私はこれから……あなたたち領民が、みんな幸せに暮らせる国を目指していくつもりです。」

 桜はぐっと彼の手を握りしめる。

「だからお願い。それまで待っていて。もし働き先がないというのなら、私が必ず用意する。だから――」

 剛蔵は、無言で周囲を見渡した。

 そこには倒れ伏した仲間の亡骸が転がっている。

 共に飯を奪い、共に血を浴び、背中を預け合ってきた仲間たち。

「俺にとって信じられるのは、誰でもない――この亡骸となった連中だけだ。」

剛蔵は口元を緩め、続ける。

「……俺は悪党だ。人の道から外れた外道だ。だがな、こいつらだけは裏切れねえ。」

 声はかすれ、息が荒い。ただ目だけは真っすぐに桜を見据えていた。

「こいつらが盗賊として死んでんのに、俺だけが領主様に許しを請い、おめおめ生き残れるかよ」

 桜は思わず声を上げた。

「でも……それでも!」

 必死の訴えを遮るように、善助が桜の肩に手を置いた。

 振り返ると、彼女はまっすぐに桜を見つめ、静かに首を横に振った。

 剛蔵は大きく息を吐き、肩で苦しげに呼吸しながら、それでも薄ら笑いを浮かべた。

「領主様よ……ちっとでも俺たちに責任感じてるってんなら、せめて領主様の手で殺してくれよ。こいつらへの、土産話にするからよ」

 そう言うと、剛蔵は膝を震わせながら立ち上がる。

 足元はふらつき、体は今にも崩れ落ちそうなのに――その背筋だけは、誇りと意地によって真っすぐに伸びていた。

 桜は答えを失い、ただ唇を噛みしめる。

「……」

 そして、震える手で細剣を引き抜いた。

 刃が鞘から抜ける高い音が、空に虚しく響き渡る。

 細剣を構えると、桜の両目が真っ赤に染まった。

 悲しみ、怒り、苦しみ――相反する感情が渦を巻き、瞳に燃えるような色を宿していく。

「……ごめんなさい――。」

 突き出された刃は迷いなく、しかしその胸は張り裂けそうだった。

 ――ブシュッ!

 鋼の切っ先が剛蔵の胸を貫いた。

 肉を裂く音が耳に残り、温かな血が飛沫となって桜の頬を染める。

「……っ!」

 巨体がぐらりと揺れる。血が喉を逆流し、唇を鮮やかな赤に染めながらも、剛蔵は最後の力を絞って桜に身を寄せた。

 息がかかるほどの距離で、掠れた声が耳元に届く。

「地獄で……見ていてやるよ。おやさしい領主様の目指す国が……どんな国かってのをな……」

 ――バターンッ!!

 重い音を立て、砂煙を巻き上げながら大地に崩れ落ちた。

 その体はもう動かず、そよ風だけが虚しく彼の亡骸を撫でていく。

 桜は細剣を握ったまま立ち尽くした。

 手は小刻みに震え、視界が涙で滲む。

 やがて力なく細剣を取り落とすと、膝をつき、地面に崩れ落ちた。

「なんで……どうして……死んでほしくなんて、ないのに……!」

 大粒の涙が次々と頬を伝い、土を濡らし、黒い染みを広げていく。

 その嗚咽は、戦場の喧噪が去った静寂の中で、ひときわ鮮やかに響いた。

 善助は何も言わず、そっと彼女の小さな頭を抱き寄せる。

 その腕の中で、桜はこらえきれずに泣き崩れ、声を震わせ続けた。

 領主としての責任と、少女としての心の狭間で――彼女の涙は止まることなく流れ落ちていった。


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