第三話 播磨の盗賊⑥
バキッ!
その瞬間、異様な音が響いた。槍を構えて突進した盗賊の一人の首が、不自然に折れ曲がる。
盗賊の男の体が揺れ動く。頭部を狙った鋭い当身。倒れる男の影から西洋甲冑が日の光を反射し、閃いた。
「悪党たちよ――死して神に許しを請いなさい」
陽を背に立つ全登の声は澄み渡り、まるで天啓のように響いた。
「な、なんだお前は!」
盗賊たちは一斉に全登の方を向き、驚愕に目を見開いた。
だがその刹那、風を切るような鋭い剣閃がほとばしり、陽光を浴びた草むらに鮮やかな血飛沫が散った。飛び散った滴がきらめき、まるで紅い花が瞬間に咲き乱れるかのようだった。
「ぐあっ!」
「ひいっ!」
仲間の断末魔に、盗賊たちの顔色が一気に蒼ざめる。現れたのは、まるで鬼のような目をした赤松家の将達。
「くそっ! こいつら、どこから湧いてきやがった!」
震える声を振り絞りながらも、刃を握る手はまだ諦めていない。
彼らはこれまで幾度となく死地を越えてきた男たちだった。血煙の中であっても体勢を立て直し、残った四人が息を合わせるように吠え声をあげ、一斉に切りかかった。
キインッ! ガィインッ!
鋼と鋼が激しく打ち合わされ、乾いた火花が散る。
ブシュッ――。
だが、宇喜多家、赤松家の猛将たちが相手では、とても勝ち目はなかった。
盗賊たちの必死の抵抗も虚しく、一人、また一人と無惨に崩れ落ちていった。
やがて、残ったのはただ一人。盗賊の頭――剛蔵のみ。
血に塗れた地面の中、彼の荒い息遣いだけがやけに大きく響いていた。
「まったく、鼻の良いこいつがいなけりゃ、殿を探し回らなくちゃならないところだったぜ」
又兵衛が槍を払いつつ、隣にちょこんと立つスシイヌへ視線を落とす。その口調は軽いが、動きには一分の隙もなかった。
「お前達っ……!ちくしょう!」
剛蔵はよろけながらも地に落ちた刀を拾おうとする。
そこへ、背後から友信がぬっと現れ、大槍を構える。
ゴスッ!
鈍い音とともに、大槍の柄で頭部を揺らされた剛蔵は、その場に崩れ落ちた。
「殿、お怪我は?」
駆け寄った善助の声は焦りを帯びていた。
「ううん……大丈夫。ありがとう」
桜はほっと息を吐き、緊張の糸が切れたように力が抜け、その場に座り込んだ。昼の光がその肩を優しく照らしている。
ほどなくして、盗賊の頭―剛蔵は両膝をつかされ、縄で厳重に縛り上げられていた。
荒い息を吐きながら、彼は周囲の手練れの家臣たちを見回す。
「……嬢ちゃん。あんた、なにもんだ?」
桜は立ち上がり、まっすぐにその瞳を見据えた。
「私は赤松家当主、赤松桜。」
「ハッ!」
剛蔵は嘲るように笑う。
「こいつはたまげたぜ……この国の領主様だったとはな」
桜は一歩踏み出し、きっぱりと告げる。
「金輪際、盗賊行為をしないと誓いなさい。そうすれば命までは取らない。」
桜の声は静かだった。けれども、その響きは決して揺るがぬ鋼のようで、場の空気を張り詰めさせた。
沈黙が流れる。風が草を揺らす音さえも、どこか遠くへ追いやられたように感じられる。
やがて、剛蔵は小さく肩を震わせ、薄ら笑いを浮かべた。血に染まった唇の端をゆっくりと歪める。
「……おやさしい殿様だぜ。だがな――盗賊の俺にも、信念ってもんがあんだよ」
掠れた声には、開き直りでも虚勢でもなく、どこか確固とした重さが宿っていた。
桜はその言葉を受け、唇を噛みしめる。胸の奥から込み上げる苛立ちと哀しみが入り交じり、どうしても飲み込めない。
「その信念ってのは、命より大事なものなの?」
鋭く問いかけるように視線を向けた。
その双眸には、ただ答えを求めるだけでなく――どうか誤った答えを返さないでほしい、そんな必死の願いが込められていた。




