第三話 播磨の盗賊④
剛蔵はギラついた眼を細め、口元を歪ませて笑った。
「いいだろう。嬢ちゃんが勝てば小僧を解放してやる」
吐き捨てるように言いながら、一歩前へ踏み出す。
「だが俺が勝てば――嬢ちゃん、二度と家には帰れねえぜ。」
その大きな体が軋む音を立てるように動くと、肩をぐるりと回し、首をバキバキと鳴らした。
次の瞬間、錆びつき刃こぼれだらけの刀を大きく振り上げ、桜に向かって構える。
日の光を反射してかろうじて光るその刃は、長年の血と錆で黒ずみ、見る者に不吉な気配を漂わせていた。
「悪いが少々痛い目をみてもらうぞ。」
低く唸るように言うと、大男はゆっくりと桜に歩み寄る。
それを見た、周囲にいた盗賊の一人が慌てて声をあげる。
「剛蔵さん!売り物なんだから、傷をつけねえようお願いしますよ!」
剛蔵は振り返りざま、乱暴に鼻を鳴らして答えた。
「わかってらあ!」
言葉と同時に、刀を振り下ろす。
――ブウンッ!
風を切る鋭い音が空気を裂き、地面の草がざわりと揺れる。
桜は反射的に足を引き、後方へと飛び退いた。裾がひるがえり、頬に冷たい風がかすめる。
刀はかろうじてかわされ、地面に叩きつけられた衝撃で土煙がふわりと舞い上がった。
「ほぉ……多少は武芸の心得があるじゃねえか!」
感心したようにうなると、剛蔵は刀を振り回し始める。
右へ、左へ、容赦なく襲い来る鉄の軌跡。
――ブンッ! ビュウッ! ブウンッ!
空気が震えるほどの重い音が連続して響く。
ガキイインッ
剛蔵の刀を受け止めた桜の細剣が火花を散らす。
「それにその異国の剣……ただの町民じゃねえな。」
「ぐっ……!」
剛蔵の攻撃は荒々しく、隙も大きい。しかしその一撃一撃は、並の武士でさえ受け止めきれぬほど重い。
桜は細剣でまともに受けることを避け、身をひねり、細かな足さばきでかわし続ける。
「ちょこまか動きやがって! おらあっ!」
怒声とともに、剛蔵は刀を左から振り抜く。
だが、その刃は途中でぴたりと止まり、瞬時に切り返された。フェイントから続く本命の斬撃が、桜の左側から鋭く襲い掛かる。
「くっ!」
反応がわずかに遅れた桜は、とっさに細剣を構えて受け止める。
――ガキィンッ!
金属のぶつかる衝撃が腕をしびれさせ、足元がぐらつく。
次の瞬間――。
押し負けた細剣の刃がはじかれ、鋭い切っ先が桜の左肩を裂いた。
ブシュッ!
「いっ……!」
桜の悲鳴が漏れる。着物の肩口が大きく裂け、白布を鮮やかな赤が瞬く間に染め上げていく。血の匂いが風に混じり、辺りの盗賊たちがどよめいた。
「チッ……傷ものにしちまったじゃねえかよ。」
苦笑しながら桜にゆっくり歩み寄る。
だが――。
桜は震えることなく、まっすぐに大男を見据えていた。
右手をそっと左肩に当て、深く息を吸い込む。
――ブウン……。
掌からやわらかな光があふれ出す。まるで剛蔵の余裕を押し返すかのように淡い輝きが肩を包み込み、滲んでいた血がみるみるうちに止まっていった。
剛蔵の目が大きく見開かれる。
「治癒の念術……何者だ、あんた。」
仲間の一人が怯え混じりに叫ぶ。
「剛蔵さん! そんな小娘、さっさとのしてやってくだせえ!」
だが剛蔵は口角を歪ませ、苛立ちながら返す。
「わかってらあ!」
昼下がりの陽光が、木々の間からきらきらと差し込み、戦いの場を照らしていた。
桜は右手に柔らかな光を宿したまま、一歩、また一歩と大男へと近づく。その光は陽の光と混ざり合い、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。




