第三話 播磨の盗賊③
桜は食事処の離れにある厠へ向かう。
通りには5歳程の小さい男の子が蹴鞠を転がして遊んでいる。その無邪気でかわいい様子に、桜の口が綻ぶ。
しばらくして厠で用を済ませ、食事処へと向かう。
軒先を抜け、通りに出たその瞬間――。
通りで遊んでいた小さな男の子が、突如現れた影にすばやく抱え上げられた。
ボロボロの着物をまとった男。顔は髪に隠れてよく見えないが、その動きは異様に手慣れていた。子どもの口を荒々しく押さえつけ、音ひとつ立てず、まるで風に紛れるかのように藪の中へと消えていった。
(ひ、人さらい……!?)
思わず足が止まりそうになる。けれど胸の奥で「助けなきゃ」という衝動が勝り、桜は大きく息を吸い込んで声を張り上げた。
「ま、まちなさい!!」
通りの空気がわずかに震える。が、その声も通りを行き交う人々の音にかき消されたようで、かまわず男は走り続ける。桜は必死にその背を追った。枝が頬をかすめ、草が足を絡め取ろうとする。それでも諦めずに駆け抜け、やがて視界がひらける。
目の前に広がったのは、山道の開けた場所。そこには、さきほど子供を抱え去った男と、刀や弓で武装した数人の荒くれたちが集まっていた。筋肉質な手足、使い古された武器達は、くぐってきた死線の数を物語っている。
日の光がゆらめき、彼らの影が不気味に地面を這う。
桜は急いで大木の影に身を隠し、様子をうかがう。
その中央で、ひときわ背丈が高く、分厚い胸板をもつ大男が口を開いた。
「おいおい……尾けられてんじゃねぇかよ。」
その声に気づき、武装した男たちの視線が一斉に桜に注がれる。空気が一瞬で凍りついたような錯覚に、背筋を冷たいものが走る。
やむなく前へと進み出た桜は、震える腕を必死に押さえ込みながら、腰の細剣を抜き放ち、大男に向けて突きつけた。
「その子を離しなさい!」
大男は顎をしゃくり、鼻で笑う。
「嬢ちゃん、この小僧の知り合いか?」
「いいえ、他人よ。それが何?」
強がりを言う声はわずかに震えていた。
「嬢ちゃん……他人なら、こういうことにむやみに首を突っ込まないほうがいい。この世の中じゃあな、余計な正義感は命取りだ。」
「……その子をどうするつもり?」
桜の問いに、大男は躊躇なく答える。
「子供ってのは金になる。今後働き手になる男だと特にな。これが俺たちの身の立て方なんだよ。邪魔しねえでくれるか?」
桜は話を聞きながら、視線だけを素早く巡らせる。――周囲には武装した男が七人、そしてこの大男。まともに斬り合えば勝ち目はない。喉が乾き、握る細剣の柄が汗で滑りそうになる。
その時、仲間の一人が不気味に笑った。
「剛蔵さん、こいつ……いい身なりをしてますぜ。」
「たしかにな。」
剛蔵と呼ばれた大男は桜を値踏みするように舐め回し、いやらしく笑った。
「こいつも一緒に連れて行けば、さらに金になるかもしれねぇな。」
桜は静かに一歩踏み出し、細剣を構え直す。
「ねえ。」
挑むような瞳で大男を見据える。
「あなたがこの集団の頭なんでしょ。」
「ああ、そうだが?」
「私と――一騎打ち、しない?」
盗賊たちは一瞬ぽかんと顔を見合わせ、それから腹を抱えて笑い出した。
「はははっ!」
「聞いたか?嬢ちゃん、一騎打ちだとよ!」
「冗談だろう!」
剛蔵も最初は鼻で笑ったが、桜の視線が揺るがないことに気づき、笑みを引きつらせる。
「嬢ちゃん、冗談はよせ。」
桜はまっすぐに切っ先を向けたまま睨みつける。
「怖いの?……笑って誤魔化すのは、やめてくれる?」
その言葉に、空気がひやりと冷え込む。
「……っ!」
剛蔵の額に青筋が浮かび、仲間たちの笑い声がぴたりと止んだ。
ピキッ――
怒りで張り詰めた音が、木々の闇に響いたかのようだった。




