第九話 偵察・・・?②
昼下がりの姫路城下。照りつける陽射しは強くも、空気はどこか穏やかで、時折吹き抜ける風が着物の裾をやさしく揺らしていた。
石畳の道を、桜と善助のふたりが並んで歩いていた。桜は明るい表情で、町の様子を興味深そうに見渡している。一方の善助は、周囲に目を配りつつ、桜の少し後ろを歩きながら、警護の任に集中していた。
「殿、今日も領地の見回り、ご苦労さまです」
善助が声をかけると、桜はくるりと振り返り、にこっと笑った。
「うん! 善助もいつも護衛についてきてくれてありがとね! 本当に心強いよ」
善助は少し照れたように、表情を緩めたあと、冗談めかして言葉を返す。
「いえ、こちらこそ。城内にいても、むさくるしい男ばかりで気がめいりますので」
桜は思わずぷっと吹き出し、手で口元を隠した。
「ふふっ、たしかに……男性ばっかりだもんね。ちょっとわかるかも、それ」
しかし、善助はそこで止まらなかった。何かのスイッチが入ったように、口調を強める。
「まったく、男というのは……どうしてこうも下品でガサツで、気遣いというものが欠けているんでしょうか。食べ方は汚いし、風呂の後は廊下をびしょびしょにするし、下駄は揃えないし、挨拶も雑だし……!」
「えっ、えぇと……」
桜は戸惑いながら横目でちらりと善助を見る。思ったより熱く語り出した善助の勢いに、少し押され気味だ。
(そ……そこまでは思ってないんだけど……)
ヒートアップする善助となだめる桜……ふたりは平らに続く町の大通りを、行き交う人々を避けながら歩いていく。
やがて、その先にある古びた茶屋の軒下に目をやると、そこには異国風の装束に身を包んだ男女が腰を下ろしていた。
男は鮮やかな緑色の上衣を羽織り、女は絹のようになめらかな白い衣をまといながら、器用に串団子を頬張っている。
「あ……!」
目を見開いた桜が小さく声を漏らした。
「あのときの……!」
記憶の中に浮かび上がったのは、先日の浦上家との激戦のあと、戦場で顔を合わせたふたり――
今や同盟家となった宇喜多家の武将、小西行長と明石全登である。
その瞬間、団子をくわえていた男がこちらに気づき、笑顔で手を振った。
「おっ、赤松の嬢ちゃんやん!」
そう行長が声をかけると同時に全登も静かに席を立ち、丁寧に一礼する。
「と……播磨のフェミニストも一緒かいな。“いやぁ、有名やで?”」
「……ッ」
妙なあだ名を付けられた善助の眉がぴくりと動き、じわりと額に青筋が浮かぶ。
「……で、お二人はどうして姫路に?」
善助は視線を細めて怪訝と警戒が入り混じった表情で問う。
行長は肩をすくめ、大げさに手を広げてみせる。
「まあまあ、そんな目で見るなや! 宇喜多はんに命じられて、ちょいと同盟国の様子を見てこいって言われただけや。」
行長は同意を求めるように全登を見て、続けた。
「ほんま人使い荒いんやから……。わいらも命じられたら逆らえんのよ、なあ?」
全登は無言のまま、穏やかにうなずいた。
「まあ、せっかくやし。あんたらも座りぃな?」
行長にそう言われ、桜と善助は顔を見合わせたあと、少しだけ肩の力を抜いて茶屋の腰掛けに並んで座った。
茶屋の軒先に並んで座る四人。その場に流れる空気は、穏やかでありながら、どこかしら緊張感も含んでいた。
善助は湯呑を両手で包み込みながら、静かに口を開いた。
「浦上家本拠―天神山城を無事に攻略されたとの事……。おめでとうございます。」
その声音には、礼節と敬意が込められている。どこかぎこちなくも感じるのは、相手がかつて敵味方の境を越えて共闘した相手であるがゆえか。
その言葉に、全登が微笑んでうなずいた。
「ありがとうございます。ですが……こちらも、あなた方が“妖怪たち”を抑えてくださったおかげです。相当ご苦労なさったと伺いましたが……」
その声は柔らかく、どこか気遣いを含んでいる。善助はふっと視線を落とし、軽く息をついた。
「え、ええ……。少し、危なかったです。」
過ぎた戦の記憶がよぎったのか、善助の眉がわずかに動いた。
ほんの一瞬、湯呑を握る手に力がこもる。だがその緊張はすぐにほぐれ、彼女は静かにお茶を口に運んだ。
湯気の立つ湯呑の向こうで、行長と全登が串団子を口に運ぶ。甘い香りと、炭の香ばしい匂いが漂い……。
その匂いが、さっきまでの空気を少しやわらかくした……そんな気がした。
ふと、桜が顔を上げる。
「……あの!」
思わず声が少し強くなったのか、行長と全登の手が止まり、ふたりの視線が同時に桜へと向けられる。
桜は一瞬戸惑うように目を伏せ、それでも意を決して顔を上げた。
「……ずっと気になっていたんです。あの時、どうして私たちを助けてくれたんですか?」
声はまっすぐで、迷いがなかった。城下町の喧騒が遠ざかるように、四人の間に一瞬の静寂が生まれる。
行長と全登は小さく驚いたように顔を見合わせる。互いに返答を譲るような、ほんの一拍の沈黙。
そして次の瞬間――
「ハッハッハ!」
行長は大きく肩を揺らしながら、豪快に笑い声をあげた。
「嬢ちゃん、よう覚えとき。戦国大名っちゅうんはな、常にお家の存続と繁栄を第一に考えるんや。その時その時で、風向きや流れを見極めて、どこにつくのが一番ええか、よう考える」
彼は湯呑みを持ち上げ、少しずつ揺らしながら、にやりと口元を緩めた。
「その時は、たまたまあんたら赤松家につくのが得策やった。それだけや」
隣に座る全登は無言のまま、お茶をすする音だけを立てていた。表情は読めないが、否定も肯定もしていない。ただ静かに、目を伏せている。
「……そっか」
桜はその言葉に、軽くうなずいた。その眼差しは、少しだけ寂しげだった。
ふいに、胸の奥が締めつけられるような痛みが走る。
脳裏をよぎるのは、あの合戦の日――命を落とした兵士たちや、友達の貞吉と梅の姿だった。
刀を手に戦った人々。泣きながら逃げ惑った領民。そして、取り返しのつかない喪失。
桜は唇を引き結び、まっすぐにふたりを見つめ返した。
「……それでも」
声は震えていたが、揺るがなかった。
「理由がなんであれ、あの時、あなたたちが助けてくれなければ……もっとたくさんの人が死んでいたと思います。きっと、守れなかった命がもっとあった」
そして、ふっと表情を和らげて、頭を下げた。
「だから……本当に、ありがとうございました。」
真剣な眼差し。感謝をこめた声。少女のような姿に、大名としての覚悟と慈しみが宿っていた。
行長と全登は、桜の顔を見つめたまま、しばし言葉を失っていた。
戦場でどれほどの命を奪ってきたとしても、誰もが領民を守りたいという思いを、心の奥底では持っている。
だが、この娘の言葉には、他のどの大名にもない何か特別なもの――まるで未来から届いた祈りのような響きがあった。
「……はっはっは!ええってええって。気にせんでええわ。」
そう言いながらも、口元はどこか照れくさそうに笑っていた。
「これからも、よろしゅう頼むわ。ほんま、おもしろい嬢ちゃんやな。
なあ、全登?」
肩を軽く突かれた全登は、思わず茶を少しこぼしそうになりながら、ぎこちなくうなずいた。
「え、ええ……まあ……」
その返事に行長はまた笑い、桜もつられて微笑んだ。
善助はそのやり取りを黙って見守っていたが、どこか安心したように肩の力を抜いて、小さく息をついた。
こうして、不思議な縁で結ばれた2つの陣営は、陽だまりの中で束の間の対話を交わしていた――。




