第七話 備前の妖怪⑥
官兵衛は、ゆっくりと手を上げると、その指先に淡い光を灯し、低く詠唱を始めた。
「官兵衛も!みんなおかしくなってる!」
桜は焦りに駆られながら、何とか現状を理解しようとする。
善助に二人の槍の鋭い突きが次々と襲いかかる。防ぐのがやっとで、反撃に転じる余裕などない。
「あの妖怪の息の根を止めれば幻術も解けるはず!お二人ともすみませんが頼みます!」
善助が歯を食いしばりながら叫ぶと、政秀が即座に応じた。
「殿、わしにおまかせあれ! 官兵衛めをはり倒し、あの妖怪を討ち取ってご覧に入れます!」
政秀は叫ぶやいなや、一気に地を蹴り、鋭い踏み込みで官兵衛へ斬りかかった。
鋭く振り下ろされた刀身――しかし、官兵衛は一瞬の遅れもなく懐から細身の鉄笛を抜き放ち、横から差し込むようにしてその刃を受け止めた。
キインッ!!
金属がぶつかる甲高い音が、洞窟に鋭く響き渡る。
火花が散り、二人の視線が正面からぶつかった。
政秀は間髪いれず、二の太刀を繰り出す。怒涛の勢いで振り下ろされた刃に対し、官兵衛は冷静に左手を掲げた。
「―影障壁」
ぼうっ、と地面から黒い影が立ち上がる。それはまるで生き物のように広がり、影の壁となって政秀の刃を受け止める。
耳障りな金属音を立て、刃先は漆黒の壁に阻まれた。
「ぐっ……! なんと厄介な!」
政秀は唇を噛み、壁を避けつつさらに切り込む。
だが官兵衛は無駄な動きを一切せず、鉄笛を打ち返しに用い、漆黒の壁を自在に出現させては政秀の斬撃を防ぎ続けた。
一方その頃――。
洞窟の奥で、巨体の妖怪がじり……じり……と桜へと歩を進めていた。
岩を踏み砕くたびに響く重い足音が、少女の心臓をじわじわと締めつける。
(まずい……!)
政秀はわずかな隙を突き、官兵衛から距離を取り、その勢いのまま妖怪へと斬りかかった。
だが――その巨体に似合わず、妖怪の動きは驚くほど俊敏だった。
ドンッ、と地を踏み割る音とともに、牛のような胴体が軽やかに跳ね、政秀の剣筋をあざ笑うかのように左右へと飛び退く。
「ちいっ……!」
舌打ちする政秀の前で、妖怪がにやりと笑い、痩せこけた人間の顔をぐいと持ち上げた。
次の瞬間――ガバァッと大口を開く。
空気が震え、そこに黒く濁った念術の弾が生まれる。
妖怪はそのまま顎をカチリと鳴らし、漆黒の弾を桜めがけて吐き飛ばした。
「うっ……!」
迫る気配に、桜は必死に後退する。
だが間に合わぬと見た政秀は即座に刀を振るい、弾道を割るようにして念術弾をはじき払った。
ゴンッ!
衝撃が刃を通じて腕に響く。
蹴鞠ほどの大きさしかないその弾は、威力自体は決して大きくはなかった。
――だが。
妖怪は間を置かず、次々と口から黒い弾を吐き出した。
連射される漆黒の弾が次々と襲いかかり、政秀は刀を振るうたびに金属を弾くような衝撃に腕を痺れさせる。
その間にも、官兵衛がじりじりと政秀へ歩み寄る。
彼の手に握られた鉄笛――その先端からは、じわりと黒い念術の歯が立ちのぼっている。
ギザギザとした闇の刃が、刃渡りを持たぬはずの楽器をまるで妖刀のように変貌させていた。
「おのれぇ……この軟弱者! 情けないと思わぬのか! このような幻術で惑わされおって!」
政秀が悔しげに叫ぶ。しかし、妖怪は冷たく笑った。
「無駄だ……我の血を体内に入れた時点で、幻術からは逃れられん」
「……あの泉か……!」
政秀の表情が険しくなる。
このまま戦いが長引けば、次第に不利になる。そう判断した政秀は勝負に出た。
官兵衛の攻撃が止んだタイミングを見計らい、いっきに妖怪へ距離をつめる。
自身の攻撃距離へと入った政秀は、刀を懐に構えると同時に妖怪へさらに踏み込んだ。
政秀の足元から静かな風が吹き上がる。
風の念術――旋風――
政秀は懐より鋭い閃光を走らせ、右から左へ妖怪目掛け切り払う。
その刃には風の念術により風がまとい、かまいたちのように刃の切っ先を引き延ばした。
「ふん……」
妖怪は身が軽い。軽々と政秀の左側へ飛び、切り払いをかわした。
が、政秀の鋭い目は、妖怪を捕らえ続けていた。
風の念術を纏う、剣技―旋風。
風の力を刃に宿し、刃のさらに先を切り裂く。
が、旋風の真髄はそこではない。
相手が逃げる方向へ合わせ、さらに円を描きつつ踏み込み切り払う、3連の剣撃。
まるで落ち葉をさらう旋風のように、逃げる敵を逃さない――
「ぐうっ!」
かわしたはずの政秀の刀が回転し、さらに至近距離から切り付けてくる。
パシュッ
対応できずに妖怪の胴体に亀裂が入り、血が噴き出る。
さらに妖怪を切り裂いた刀が回転を続け、さらに接近した距離から深く深く、妖怪の胴体を切り裂いた。
ズシュッ!
たしかな手ごたえが政秀の腕へと伝わる。
さらに深く深く切り付けられた妖怪の胴体は、奥まで切り裂かれ、左前脚と左胸部が本体からぶらさがった。




