第六話 浦上決戦④
空には分厚い雲が垂れ込め、日はすでに傾き始めている。
戦闘が始まって一刻が過ぎた。
赤松軍は次第に押され、本陣にいる桜の元へも敵兵が迫ってくる。
桜は必死で敵兵より突き出された槍を細剣で弾く。
「うっ……!」
敵兵の繰り出す槍は、政秀の繰り出す刀より遥かに単調で、見切りやすい。
ただ――
「重い……」
極度の興奮と恐怖が入り混じる敵兵の鬼のような形相。そこから繰り出される刃物からは武器そのもの以上の重みが伝わってくる。
(ここで死ぬわけにはいかない……政秀の言っていたことを思い出せ!)
桜は荒い息を吐きながらも、ぐっと体勢を整え直し、震える手で剣先を敵兵へと向けた。
その構えは、この時代の兵にとって見慣れぬもの。異国の流儀を思わせる独特の型に、目の前の敵兵は一瞬たじろぎ、半歩ほど足を引いた。だが、すぐに表情を歪めて気を張り直し、槍を大きく突き出して襲いかかってくる。
「ッ…!」
桜は反射的に声をもらし、体が勝手に動いた。
幾度も練習した型が身体に染みついていた。鋭く槍の穂先をはじき飛ばすと、同時に踏み込み、迷いなく敵兵の胸元へ剣先を突き立てた。
――グサッ。
「う”わわああ!」
鈍い手応えとともに、敵兵が苦鳴を上げ、右胸を押さえてうずくまった。
「いてええっ! いてええよおお!」
戦場に似つかわしくないほど生々しい叫びが、耳をつんざく。
桜はその声に目を見開き、思わず足を止めた。手に残る感触と相手の悲鳴が、胸を抉るように響く。
しかし、その逡巡はほんの刹那。
すぐさま駆け寄った味方の赤松兵が、ためらいなく槍を突き下ろした。
「ぎゃああああ!」
血飛沫が高く舞い、敵兵の身体が地に沈む。痙攣したのも束の間、やがて完全に動かなくなった。
「はぁっ…はぁっ……」
桜は荒く息を吐く。
「さ……刺しちゃった……私が、ひとを」
胸の奥に押し寄せる動揺を必死に抑え込む。だが、休む間もなく背後から殺気が迫った。
「えっ」
振り返るより早く、別の敵兵が刀を振り上げ、桜の背を狙う。
「殿ーーッ!!」
鋭い声と共に、返り血で真っ赤に染まった政秀が駆け寄ってきた。
振り下ろされる刃よりも速く、政秀の刀が敵兵の体を断ち割る。
血飛沫を浴びながら、政秀はすぐ傍らに立つ桜と視線を交わした。
驚きに瞳孔を開き、硬直する桜。その目を一瞬だけ見つめると、政秀は薄く微笑んだ。
「大丈夫、大丈夫です。殿。」
次の瞬間、政秀は桜の頭を軽くポン、ポンと叩いた。
まるで孫を安心させる祖父のような仕草を残し、再び敵の群れの中へと駆け戻っていく。
その背中を見送りながら、桜は唇を噛みしめた。
ぎゅっと剣を握り直し、血と砂の匂い立ち込める戦場へと向き直る。
「……っ」
彼女の瞳に、再び闘志の光が戻っていた。
北部戦線――。
夢前川の北部では妖怪の軍勢と善助隊が激しくぶつかる。
「ふんぬうーーッ!!」
友信が大地を揺るがすような気合の声をあげ、大槍を大きく振るった。
刃が閃き、肉を裂く音が重なり合う。
――ザクッ、グサッ、ブシュッ。
群れ集う妖怪たちが次々と吹き飛ばされ、黒い血を地にまき散らしながら倒れ伏す。
「二班は四班の援護に向かえ!」
善助の鋭い指示の声が戦場に響く。
彼女はただ号令を飛ばすだけではない。自らも刀を振るい、迫り来る妖怪を切り伏せていく。
女性ながらも気迫に満ちたその姿は、部下の兵たちにとって心の支えであった。
善助隊、およそ千。対する妖怪は五百ほど。
数の上では善助隊が勝っているはずだった。
だが、妖怪たちは刀や矢を受けてもなお動きを止めず、常人では考えられぬ生命力と獣じみた凶暴性を見せつけてくる。
「ぐああっ!」
「ひぃっ!」
善助の周囲でも、赤松兵達が妖怪の爪や牙にかかり、次々と地に伏していく。血の匂いと断末魔が充満し、戦場は地獄絵図と化していた。
「くっ……! 一人でかかるな! 三人以上で取り囲め!」
善助は顔を歪めながらも、必死に指示を飛ばす。
だが、次の瞬間――。
左右から二体の妖怪が同時に飛びかかってきた。
「はっ!!」
善助は反射的に刀を振り抜き、一体を瞬時に斬り裂いた。
しかし、背後から迫ったもう一体が大口を開き、その牙が善助の右肩を抉った。
「うっ……!」
鮮血が舞い、激痛に耐えきれず善助は馬から振り落とされる。
膝をつき、必死に体を起こしたが、その周囲にはすでに幾体もの妖怪が集まり、取り囲み始めていた。
善助は険しい目で妖怪たちを見据える。
(この妖怪ども……力は人の数倍、しかも命のやり取りに一片の恐怖も感じていない。熊や虎ですら刃を前にすれば臆するというのに……!)
周囲にうごめくのは狼のような姿の妖怪たち。黄色く光る眼、涎を垂らした牙が、今にも飛びかからんと息を荒げている。
その時―善助の前に、一人の赤松兵が空から落ちてきた。
「ドシャッ!」と鈍い音をたて、土煙を上げて地に叩きつけられた兵は、すでに息絶えていた。
やがて妖怪達の輪の奥から、ひときわ異質な影がゆっくりと歩み出た。
ザッ…ザッ…
現れたのは、狼型の妖怪とは明らかに異なる存在だった。背丈は3mを越え、巨岩のようにそびえる体躯。
顔つきや毛むくじゃらの姿は妖怪そのものだが、二本の足で直立し、膨れあがる筋肉はまるで岩塊のごとく盛り上がっている。
両腕から伸びる爪は刀剣のように鋭く、滴る血で赤黒く染まっていた。
「……なんだ、こいつは……」
善助が声を低く漏らした瞬間、怪物が吠えた。
「ウオオオオオオッ!!」
狼の遠吠えに人の叫びを混ぜたような異様な咆哮が戦場を震わせる。




