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赤松天翔物語①  作者: 姫笠
第一章 示された道

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第五話 浦上決戦⑤

大気がびりびりと震え、兵たちの背筋を凍りつかせるほどの声。

次の刹那、巨体に似合わぬ速さで善助に飛び掛かる。

まるで3本の刀が襲うがごとく、腕の3本の爪が振り下ろされる。

「っ――!」

善助は反射的に身を翻し、地を蹴って左へと飛ぶ。

だが間髪いれず、右腕の爪が薙ぎ払うように襲いかかってきた。


ガキイイイインッ!!


鋼を削るような甲高い音。

善助は咄嗟に刀を構え、その巨大な爪を受け止める。

「ぐっ……!」

あまりの衝撃に爪を受け止めた善助の足が地面を大きく削る。

(なんという腕力だ……!)




腕に走る痺れ、刀身に伝わる衝撃。骨が軋むほどの圧力に耐えながら、善助は必死に押し返した。

「はあっ!」

気合とともに跳躍。

刹那の隙を突き、空中から人型の妖怪の首筋へと鋭く刀を振り抜く。


キイイイィンッ!


しかし刃はあっさりと爪で受け止められ、逆に薙ぎ払われた腕の一撃をまともに浴び、善助の身体は空中に弾き飛ばされた。

「がはっ」

地に叩きつけられ、肺の空気が一気に吐き出される。

背中に強烈な痛みが走るも、すぐ体制を整えねばならない。

善助は刀を杖代わりに地面へ突き、ぐらつく膝をこらえて立ち上がる。

(こいつ……四本足の妖怪ほどに素早く、腕力と反応速度は段違いだ。それに……)

善助は刀を構えなおしつつも、人型妖怪の目を睨む。

(動きに若干の知性が感じられる。こいつは手ごわいぞ……)

すでに人型の妖怪が正面に迫り、周囲からは狼型の妖怪たちが残る三方をじりじりと囲み始めていた。

逃げ場はない。

獲物を追い詰めた捕食者の輪が、ゆっくりと狭まってゆく。

妖怪たちが善助の首、腹、四肢へと舐めまわすように視線を流す。

まるでどの部位を咀嚼するか、選んでいるかのように。


――カチンッ


善助は静かに刀を鞘へ納め、そっと目を閉じた。

深く息を吸い込み、吐き出すたび、空気がわずかに冷えていく。

頬を撫でる風が冷ややかに変わり、草の露が白く凍りつく。

体の内側から余計な熱がすべて削ぎ落とされ、残るのはただ、鋭く澄んだ静寂だけ。

その静けさの中で、善助の心は氷のように落ち着き、刀を抜き払った。

(武士を舐めるなよ……妖怪め……)

次の瞬間、善助の刀から青い光が反射する――。


挿絵(By みてみん)


「水の念術――朧水陣ろうすいじん。」

その声と同時に、彼女の周囲の地面から水滴が立ち上る。

やがて宙に浮いた水気がはじけるように霧へと変わり、戦場の視界を覆い隠していった――。

戦場の一角は白く濃い霧に包まれた。

音もなく忍び寄る靄が妖怪たちの足元を這い上がり、やがて脚、身体、顔を覆い、視界は真っ白に閉ざされていく。

狼のような妖怪たちは不安げに低く唸り声をあげ、きょろきょろと辺りを見回した。

鋭い牙をむき出しにしても、その目は何も捉えられない。

次の瞬間――


ブシュッ! ズシュッ! ブシャァッ!


青白い閃光が霧の中を駆け抜け、鋭い斬撃が妖怪の群れを切り裂いた。

暗紫色の体が宙を舞い、血しぶきが霧に溶け込むように散っていく。

悲鳴をあげる間もなく、四本足の妖怪たちが次々と崩れ落ちた。

だが――ただ一体。

巨躯の人型妖怪だけは、微動だにせず、その場に仁王立ちしていた。

霧の壁に包まれながらも、獲物を見失った気配をまったく見せない。

(……動かない? まるで私の出方を待ち構えているようだ)

善助が背後から一気に踏み込み、青い閃光となって斬りかかる。

その刹那――


ガキイインッ!!


耳を裂く金属音。

振り向きざまに繰り出された人型妖怪の爪が、善助の刀を正確に受け止めていた。

「なにっ……!」

善助は驚愕とともに飛び退き、距離を取る。

霧の中、自らの姿を目で追う素振りはなかった。

にもかかわらず、正確に斬撃を受け止められたのだ。

(なぜだ……私の姿は見えていないはず。それなのに――!)

その時だった。

人型妖怪の背後で、赤松兵のひとりがうめき声をあげた。

「ぐう……っ!」

次の瞬間、兵の胸が裂け、鮮血が霧を赤く染める。

呻き声とともに崩れ落ちる兵士。

人型の妖怪がちらりと後方に視線を向けた。

ほんの一瞬、鼻をひくひくと動かし、血の匂いを嗅ぎ取っている。

善助はその仕草を見逃さなかった。

「……なるほど、そういう事か。」

自らの右肩に視線を落とす。

そこには先ほど負った傷口があり、血がじわじわと滴り落ちていた。

善助は深く息を吐き、そして決意の色を瞳に宿す。

やがて、迷いなく刀を持ち上げ――


プシュッ


自身の左手に刃を切りつけた。

鮮血が溢れ、霧の中へ滴り落ちていく。

血の匂いが濃く漂い、人型妖怪の鼻が敏感に反応する。

「はあっ!」

善助は鋭い気合とともに地を蹴った。

白い霧をかきわけるように疾走し、その細身の体はしなやかな矢のように人型の妖怪へ突き進む。


カンッ! キインッ! ギンッ!


金属のように硬い爪と、日本刀の刃が次々に火花を散らした。

霧の中に響く鋭い音が、戦場の緊張をさらに高める。

善助は軽やかな身のこなしで跳び上がり、上段から刀を振り下ろす。

しかし、その一撃すらも妖怪の分厚い爪が遮った。


ギインッ!


鋭い衝撃が刀を通じて腕に伝わる。

だが善助は怯まなかった。

血の滴る左手を思いきり妖怪の顔へと振り抜く。


バシャッ!!


鮮血が飛沫となって妖怪の鼻面を覆った。

鉄のように濃い血の匂いが鼻孔を焼き、妖怪の顔が苦悶に歪む。


「グウウウッ!」

咆哮とともに、獣じみた手で鼻を覆う。

その刹那――獲物を見失った。

善助の姿が霧に消えたかと思うと、後方から蒼い閃光が閃いた。

ブシュウッ!!


刀身が一閃し、妖怪の分厚い首筋に赤い線を刻む。

霧の白に、鮮やかな紅が滲んだ。


「グオオオオオオ――ッ」

巨体がよろめき、最後の咆哮をあげながら、地鳴りのような音を立てて倒れ込む。

土煙と血の匂いが入り混じり、静寂が訪れる。

善助は息を荒げながら刀を払った。

白い刃に、なおもどす黒い血が滴っていた。

「はあ……はあ……」

善助は肩を大きく上下させ、刀を杖のようにして立ち尽くす。

呼吸は荒く、視界がかすむ。だが倒れるわけにはいかなかった。


ザッ ザッ ザッ……


霧をかきわけるように、重たい足音が近づいてくる。

善助の視線の先に現れたのは――先ほど倒したはずのものと同じ、人型の妖怪。

しかも数は、二体。

毛むくじゃらの巨体が並び立ち、涎をだらだらと垂らしながら、ぎらつく眼光で善助を射抜く。

その姿は、飢えた獣が獲物を見つけた瞬間そのものだった。

善助は口の端をかすかに吊り上げ、疲れ切った声で吐き捨てる。

「……冗談が過ぎるぞ」

よろめく足を前に出し、血に濡れた刀を構え直す。

細い体にまだ力は残されていた。いや、残さねばならなかった。



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