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赤松天翔物語  作者: 姫笠
第三章 巨影

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第一話 反信長同盟①

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

姫路城・当主の間

 障子越しに、陽が淡く差し込んでいた。

 桜と官兵衛は向かい合い、先の戦いでの被害状況や物資の確認など、書類を確認し合っていた。

 負傷者で溢れる念術治療院の稼働状況の確認。さらに今後の戦に備えての物資補充。

 すべきことが山積みであった。

 周囲では兵たちがあわただしく書物をやり取りしている。

 だが、その喧騒は伝令の声によりピンと張り詰めた。

「申し上げます!」

 低く響く伝令の声が、広間の緊張をいっそう強めた。

「毛利家当主――毛利輝元殿。その軍師、小早川隆景殿がお見えです!」

「……えっ」

 桜の唇がわずかに震えた。

 一瞬にして、背筋を冷たいものが走る。


 先日の激戦が脳裏をよぎる。

 赤松家は毛利の大軍を相手に総力を挙げて迎え撃ち、ようやく退けたばかりだった。

 勝利とはいえ、領内にはまだ戦の傷跡が生々しく残り、味方の犠牲も決して少なくなかった。

 その毛利家の当主と軍師が、今ここに――何の目的で現れたのか。


 桜が言葉を失っていると、隣に控えていた官兵衛が静かに微笑んだ。

「ご安心くださいませ、殿。彼らの目的は、はっきりしております」

 その声音には、確信めいた落ち着きがあった。

 官兵衛はすっと立ち上がり、伝令の方を向く。

「お通しせよ」


 やがて、床板の上を歩む足音が近づいてきた。

 ふすまが開かれると、上座へと進み出る二つの影。

 ひとりはまだ若く、ややふくよかな体格。どこか頼りなげな印象の青年――毛利輝元。

 その隣に控えるのは、穏やかな笑みをたたえた女性――小早川隆景。

 柔らかな表情の裏に、冷ややかな光を宿した瞳が印象的だった。

 輝元は深く一礼し、座に着く。

 隆景も同じく座すと、にこりと笑いながら桜を見つめた。

「……そなたが、桜殿か?」

「……はい」

 桜は膝の上で両手を重ね、緊張を悟られぬように返す。

 隆景は目を細め、しばし桜を眺めた。

 その視線は、まるで心の奥まで覗き込むような鋭さを持っていた。

 そしてその目には、猜疑の色が混じっている。

(この覇気もなく、どこか怯えたような娘が、あの時―鬼神のごとき戦いを見せた姫将だというのか……?)

 桜も息を詰め、隆景を見つめる。

 先の戦で、桜と隆景はお互いの軍を率い、播磨の国の中部で激突した。

 だが、こうして直接顔を合わせるのは初めてだった。

 その穏やかな微笑の奥に、底知れぬ策士の気配を感じ、背筋が粟立つ。

 官兵衛が口を開いた。

「して、隆景殿。本日は、どのようなご用件で?」

「……いけずじゃな、官兵衛」

 隆景は肩をすくめ、ゆるりと息を吐いた。

「とっくに察しておろうが」

 隆景はゆっくりと背筋を伸ばし、静かに告げた。

「――我ら毛利家と、同盟を結んでいただきたい」

 予想をしていなかった提案に、桜の瞳が大きく見開かれる。

「ど……同盟?」

 隆景は小さく頷いた。

「我らは、いずれ侵攻してくる織田家に備えるため、貴殿らの赤松領へと侵攻した。じゃが――その目論見は見事に退けられた」

 大きく息を吐き、言葉を重ねる。

「もはや貴殿らと結び、織田家へ対抗するしか道は残されておらぬ」

 広間に、沈黙が落ちた。

 風の音すら遠のいたように感じられる。

 官兵衛がゆるやかに顔を上げ、静かな声で問う。

「……どうなさいますか、殿。」

 その声音には、確かに尋ねる響きがあったが、

 どこかに“答えを知っている者”の落ち着きがあった。

 桜がどう返すか――官兵衛には、もう見えていた。

 桜は膝の上で軽く拳を握りしめた。

 ふと、戦で倒れた者たちの顔が脳裏に浮かぶ。

 血の匂い、叫び、血だまりの中で息絶える味方の兵。そして―みずから手にかけた敵兵の苦悶に歪む表情。


 やがて、桜はまっすぐに顔を上げ、口を開いた。

「……先の戦いで、私たち赤松家には多くの犠牲が出ました。けれどそれは――あなた方、毛利家も同じはずです。」

 言葉を紡ぐ声は静かで、しかし不思議とよく通った。

「どうか彼らの命が、より良い未来のための――意味のある犠牲であってほしい。」

 まっすぐに隆景を見据える。

 その瞳には張り裂けんばかりの慈しみと、未来への覚悟の光が宿っていた。

「同盟のお話、喜んでお受けします。」

 桜はその場で正座のまま、深々と頭を下げた。

 隆景は、しばしその姿に見入っていた。

(……なるほどのぅ)

 やがて、彼女はふっと笑みを浮かべ、ゆるやかに頭を下げた。

「桜殿、今後とも良しなにお願い申し上げる。――輝元!」

「は、はいっ!」

 突然名を呼ばれた輝元が、慌てて姿勢を正し、深く頭を下げる。

 その動作がぎこちなく、緊張が全身にあふれていた。

 官兵衛はそんな二人の様子を静かに見守り、まずは一安心とばかりに小さく息をついた。

 だがそのとき――隆景の表情がふと曇る。

 先ほどまで底知れぬ知将の目をしていた彼女の瞳が、どこか揺れていた。

(……儚げな少女でありながら、民を思う慈しみにあふれ、芯の通った眼差し。

 なにより――わしの一万の軍を退けた、あの鬼神のような戦いぶり……)

 唇がかすかに震える。

(……娘にほしい……!)

 だが、すぐに理性がそれを打ち消した。

(されど桜殿は大名家の当主。どうあってもかなわぬ……ならば――)

 隆景は息を整え、顔を上げた。

「……桜殿。」

「は、はいっ」

 急に名を呼ばれた桜に緊張が走る。

「その……どうじゃ。この機会に、輝元と婚姻を結ぶというのは……」

 空気が一瞬止まった。

「え?」

「え?」

 桜と輝元が同時に声を上げる。

「……隆景殿?」

 さすがの官兵衛も、予想外の提案に口をぽかんと開ける。

「ちょっ……叔母上! いきなりそのような……!」

 輝元は顔を真っ赤にし、思わず身を乗り出した。

 桜も、まばたきを数度繰り返し、困ったように視線を泳がせる。

 正直なところ、輝元は――見た目も、雰囲気も、まったくタイプではなかった。

「え、ええと……」

 桜が返答に窮していると、隆景はがくりと肩を落とし、小さく笑った。

「……ふられたようじゃな、輝元。」

「叔母上っ! いたずらに僕を辱めないでください!」

 輝元の抗議の声が当主の間に響き、場の空気は一転して、どこか柔らかいものに変わっていった。

 官兵衛は桜にささやくように提案した。

「両家の同盟が成ったのです。今夜はささやかな宴会の席を設けましょう」

 桜はぱっと顔を上げ、表情にふわりと笑みが差した。

「うん! そうしよう!」


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